こんなにも幸せな気持ちになれるなんて、ああ なんて凄いひとなんだろう と。 「何やってんの?」 武蔵森学園。男女共学という響きはいい学校ではあるけれど、実質は女子部・男子部に別れた学校生活において、華のある青春を送るには難しい環境下にある。そんな高等部女子棟。いくら同じ学園に通うものとはいえ、この校舎内に彼がいることは明らかに不自然なことであって、自殺行為でしか ない。 「ー」 語尾にハートマークがついてそうな甘え声であたしの名前を呼ぶのは、幼馴染でもあって、恋人でもある。 「藤代くんがいる!」 きゃあきゃあと、女子生徒の黄色い声が飛び交う。あたしはこの瞬間がどうしようもなく嫌いで、嫌でしかない。現役高校生にして、Jリーガーでもあるのを考えてみたらそれは仕方のない事なのかもしれないけれど、 「こんな処にまで来ないで って前にも言ったでしょ!!」 黄色い声と、視線は浴びても せめてもの救いか、彼女達はあたしと 彼のことを遠巻きにしか見ない。少し俯き加減に歩きながら、彼にしか聞こえない位の声でキツく言う。 「ちょ、あ、ごめん、ごめん!」 「アンタのごめん はもう聞き飽きたの!」 さっさと前を行くあたしの、彼は焦りながら少し後ろを歩く。周りの視線からの恥かしさと、好奇の目に泣きそうになりながら必死に、逃げるようにして。 「悪かったって!!」 学校から少し離れたところで、いつも決まって彼はあたしの腕を取る。早く会いたかったから と、ぎゅう と強く握られるのも一緒。 「…っ!」 「ごめん。な?」 最後には本当に泣いてしまって、結局はあたしは彼に負けてしまう。ごめんな と、おおきな手で頭を撫でられるのが好きなあたし。本当に怒っているのに、こんな事で許してしまう。 「…寂しかったんだから」 「うん、わかってるよ。俺も寂しかった」 すごく 会いたかった と、優しくキスをされる。おでこにひとつ、頬にひとつ。手のひらにもひとつ 落とされて、そして最後にもう一度唇にキスを落とされる。 高校生活と共に、プロのサッカー選手としても生活をする彼への特別な計らいに と、本来ならば相部屋のはずの寮の部屋。彼の匂いしかしない、彼の部屋で彼のベッドで、抱かれている間は他に何も考えられなくなってしまう。 「…っせぇじ…っ!」 「…うん」 誠二 と、ただひたすら彼の名前しか呼べなくなって、熱い 彼と繋っている部分にだけ神経が集中する。あたしの世界が、彼だけに なる。ねぇ、信じて。 ────あたしがすきなのは、誠二だけなんだって こと。 * 「……はい?」 声が裏返って、変に恥かしく なる。今日は誠二のチームの試合の日で、その後急いで戻って来てくれる って言うから誠二の部屋で、一人で、テレビ観戦をしようと思ってた…はず。…うん。 「だから、バカ代なんかやめて俺にしろって」 「や、ちょ、何言ってるのかわからないんですけ ど、」 じりじり と、追いやられて行く。三上先輩特有の、威のある雰囲気で寄って来られれば、それをかわすのは容易なことじゃない。だんだん怖くなってきて不安な表情になれば、先輩は至極嬉しそうにわらって、あたしの髪を梳いて、毛先を軽く掴んだ。 「あん時はもうちょっと、追いかけられる っつーのを楽しむつもりだったけど」 まさかあの後藤代に、持ってかれるとはな と、彼は嫌味たっぷりにわらった。 「三上先輩、すきです」 誠二と付き合う前に好きだった ひと。告白もした、必死に追いかけた。付き合って、キスもして、身体の関係だってあった。でも、先輩はいつもどこか冷めてて、かわされて。途中から、誠二の幼馴染っていう興味だけで関係を持たれたんだ と気がついて。 「小さい頃からずっとそうだったように、俺が傍にいる」 いつもはおちゃらけている誠二の、サッカー以外でのあんな真面目な表情を見たのは初めてだった。 ずっと一緒にいよう と、やさしく頭をなでてくれた。大きな腕で、抱きしめてくれた。 「先輩、誰かを抱きたいだけでしょう?」 先輩の口の端が少し上がって、意味深に微笑った。「さぁな」と、先輩の低い声が テレビの音に掻き消された。 「さぁて、バカ代は間に合うかな」 「…どっちでも同じことですよ、」 ────あたしが先輩のものになることは、もう二度とありません。 もう三度目に なる、誠二がゴールした瞬間のVTRが流れていた。チームメイトにもみくちゃにされている、ブラウン管の中の誠二に笑いかける。 「…だいじょうぶ」 目をつむると、誠二の匂いに包まれた。 * 「…」 「…誠二…?…っ!」 ズキン と、攻められていた部分に痛みが走った。ぼーっとする頭で顔を見上げる。ふ と、誠二が傍に居ることに安心して笑みがこぼれる。 「…おかえり…」 「…、」 先輩はもういない、一緒に居るところをみられなければ一生 黙ってるつもりだったのに。どうやら先輩は、気を失っているあたしに服を着せることもせずに行ってしまったみたいだ。 「…ごめんね、あたし誠二のこと 裏切ったよね」 ──── 裏 切 っ た よ ね 。 「…っ、ふぇ…」 行為の最中、一度も流さなかった涙が今になって溢れてきた。もう、一緒に居られないかもしれない。 「…三上先輩だろ」 「…っめん、ごめん、誠二…っ!」 先輩の事を、追いかけていた時のことを全部知ってて。どんな想いでいたのか、全部知ってて、 「は何も悪くない。俺のこと、裏切ってもないから」 泣かなくていいよ と、コツン と額をくっつけてきた。ふわり 誠二の匂いがして安心感があたしを覆う。 「さっき先輩のトコ行って、もう一発殴ってきちゃったし」 本当にもう、あのひとはしょうがないよな と、きっとものすごく怒っているんだろうに、一発殴って来たことでそれを必死に抑えているんだろう。あたしがもっと、辛くならないように。 「…ゴール決めてたね、かっこよかったよ」 「当ったり前じゃん!のために決めてきたんだから」 あたしの顔のすぐ目の前で、嬉しそうにわらう彼の表情に すごくすごく安心する。 「だからご褒美 ちょーだい」 触れた唇の甘さに、頭がくらくらとする。彼の体の重みに、ものすごく安心する。 「好き…大好き…、」 こんなにも好きで、大切で、ずっと一緒に居たい。居て欲しい。そして、思う。 ────こんなにも幸せな気持ちになれるなんて、ああ なんて凄いひとなんだろう と。 そ し て そ れ は 大 切 な 、 気 持 ち 。 某素敵な方に捧げました。三上先輩は本当はちゃんとヒロインをすきだったんですよ。素直になれないだけで。 20061109(20050531) 秋夢うい (素直になれなかった、当時の自分を呪う) |