いちばん最初にまず、「うわあなんで俺?」と思ったに違いない。(かおが言ってんだよかお、が!)わたしは西浦高校のただの1年7組の女子生徒で、可愛い感じに着崩した長けの短めのチェックのスカートの制服を着ていた。ふと自分の上履きを見てみるとやたらハートマークがいっぱい書かれていてまだおろしたてなのにかなり履き古された感じがでていた。

「十秒以内なら居なかったことにしてあげる」

早口でわたしはそう言って、いーち、にーい とゆっくりと数をかぞえ始めた。戸惑い気味に彼は動き初めて、いくつかの机を縫うようにして歩いて、きっとノートでも忘れたんだろう自分の机の中をごそごそと探し始めた(ああくそはずれたグラマーの教科書だ、った!)俯きながらもほんの少し視線を上げて彼の姿を追っていたら、教科書を手に持ったまま 元来たルートを歩いて教室を出ようとがんばってくれていた。

「なーな、はーち、ごーお、ろーく、」
「戻ってんじゃねェかよ」

おお、彼は以外にもつっこんできて「きみが十秒以内に間に合いそうになかったもので」と返したら「それはお気遣いどーも」と言って教室を出て行こうとするどころかくるりと身体の向きを変えて事もあろうにわたしの前まで来て立ち止まった。ハートマークでいっぱいの気持ち悪い上履きの前に、けっしてまっしろとは言えない、でもなにもいたずら書きのない上履きが来てわたしはドキン とした。

「なんですかあべ、…くん」
「とって付けたようにくん付けんでいい」
「なんですか阿部」

「……」

それはそれでなんだかカチンと来たらしい彼は少々無言になっていた。(まぁあれだ、いやみな言い方をしたわたしが悪いんだけれども)キュ と、一度だけ彼の右足(ああでもそれはわたしから見てだから左足か)が音を立てて動いて、立ち去ってくださるのかと思いきやトントンと軽く二回だけ床を叩いてまたキュと音をたてた。

「それさ、」
「どれですか」
「…(イラッ)」
「いまちょっとイラっとしたでしょ」
「エスパーかお前は」

「で、どれ?」

わたしの皮肉に、返してくれるのがすこしたのしかった。ずっと足元ばかりを見ていたかおをあげて、たれ目で目つきの悪い阿部を見上げた。目が合ってすこし、彼のかおが困ったように歪んですぐにわたしの、

「それ、カレシの名前かなんか?」

わたしの浮かれた上履きを指差して彼は言った。わたしは「ああ、これ?」と軽い感じで返事をして再び自分の上履きに目を移した。トントンッと、左右交互に軽く床を叩いて、最後にはそろえて両足でトンとおおきく床を叩いた。そのまま手を伸ばして、ハートマークに囲まれていた、同じ赤いマジックで書かれた左右の上履きの文字を指でなぞった。

「うん、そうカレシ」
「…へェ」

「だったひとの名前」

かわいそうなわたし、みじめなわたし、なさけないわたし、悲壮感が漂いまくってるわたし。どれもがきれいに当てはまって嫌味にも聞こえない。「いつまでカレシだったんだよ」「三時間くらいまえかな」「振られたのか」「うーわ」「だから泣いてんだな」「ずばっと言うな」そんなやり取りをして三時間まえのテレフォンを思い出す。

「ごめんほかに好きな女できた」
「名ゼリフだな」
「そりゃあさ、別々の学校いくんだから多少は覚悟してたけどさ」

いくらなんでもはやいと思わないかね阿部くん と息継ぎもせずに一気に言ったら最後声が枯れた。ああなんか一瞬総理大臣思い出した。

「同じ学校いきゃよかっただろ」
「愛だけではどうにもならんかったのだよ」
「そりゃごしゅーしょーさま、」

つかなんだそのしゃべりかた と阿部はつっこんできて。ああそうですよ愛だけじゃ成績は上がりませんでし、た!

「なあ、それとおんなじ色のマジックあるか」
「この溢れんばかりのハートマークといかにもだいすきですみたいな名前の書かれたマジックのこと?」
「おまえいちいち二言三言多いんだよ」
「わたしの机のなかのふでばこに入ってる」

でもそんなのどうするの と聞き終わる前に彼はすぐそばのわたしの机の中を探っていて(てゆーか、席知ってたんだ)、なにも言わずにじーっと見ているとわたしのふでばこを開けてジャラジャラと「どんだけペン持ってんだよ」とつっこみながら曰く付きの赤いマジックを探し当ててわたしのところに戻ってきた。

「……」

彼はわたしの前に、同じようにしゃがみこんで(わたしは体育座りだけどあべはうんこ座りだね!)(あ、ちゃんと短パン履いてるからスカートの中は平気)、カッと小さな音を立ててキャップを開けた。

「どう、すんの」

わたしの問いかけに答えることなく、彼はわたしの上履きにがしがしと色を塗り始めた。わたしを捨てたカレシの名前を囲うようにそれよりもおおきくハートマークを書いて端からどんどん塗りつぶしていく。右を塗り終えて、またこんどは左を同じように塗りつぶしていく。加減がいまいちわかっていないのか、以外に塗りつぶす彼のペン圧は強く、足に当たるもんだからすこしこそばゆかった。

「おし」
「いやあんた、おし って」

満足そうに漏らした声に、今度はわたしが突っ込みを入れたけれど見事にそれも無視された。彼はキャップをしめてそれを床に置いた。そのまま、こんどは自分のかばんの中を探りだして、黒の、サインペンを取り出した。

「ちょっと、あ、べ…」

なんていうことだろう、同じ西浦高校の同じ1年7組の男子生徒で、実は今日のこのときまであまり(というかほとんど)しゃべったこともなかった阿部隆也くん(15)は塗りたくったでっかい、左右のハートマークの上に一文字ずつ、

あ べ

と、書いた。えぇえ…書いちゃったよ…。


「俺、野球部」
「え、あいや知ってるけど」
「あんまかまってはやれねえかもだけど」
「はぁ?」

あ、これもうそろそろインクなくなるけどやるよ と言いながら床に放置されたわたしの赤いマジックのよこに黒のサインペンを並べて彼は立ち上がった。

「元カレシよかマシだと思うぜ、さん」

まぁけど今日だけ泣くの許してやる と阿部は言って、じゃあな とひとつ、ひらり手を振ってきた。教室の外から「あべ〜あ〜べ〜」と彼を呼ぶ声が聞こえてきてドアをガラリ、「おお」「あ、阿部〜なんだまだ教室いたんだ」と恐らく野球部のチームメイトなんだろう声をかけていてそのまま振り返りもせずに後ろ手にガラリ、ドアをしめた。

「あべ、あべ、あーべーたーかーや」

誰も居なくなった教室は、自分の声が微妙に響いた。うーんどうしようかな、とりあえず今日は泣くだけ泣いて明日からどうしようかな。とか思ってたはずなんだけどな。

「…にじんでんだよばーか」

強引に塗りたくったハートマークの上に書かれた「あ」「べ」の二文字は、したが乾く前に書かれたからかすこし滲んでしまっていた。
まぁなーたれ目で目つきわるくて短気っぽいけどつっこみうまいしなー。ぶつぶつと、わたしは一人でつぶやいて。どうしようかなーどうしようかなー。もう、泣く理由もなくなっちゃいそうだ。うん、もういっぱい泣いたし気も済んだ!





赤いハートマーク、

 あたらしいなまえ


「よし、明日のわたしに任せよう」
仲良く並べられた赤いマジックと黒いサインペンを一緒に掴んでわたしは元気に立ち上がった。わ、あたらしい恋の予感!



いきおいであべくん!なまえへんかんないけど!すごいよ三時間くらいでかけた!シリーズになる予定!

20071017   秋夢うい



気まずくなる20題 01.気がすむまで泣いた次の日