単刀直入に言おう。わたしは野球が嫌いだ。たとえわたしのすきな人が、毎日毎日毎日毎日野球に明け暮れているとしても。だからこそ野球が嫌いだ。中学生になると、あいつはシニアに入った。もう野球バカまっしぐらだった。(その後ハルナとかいう女の影が見え隠れしたけど後から男だと知ってほっとした)(ああでもそっちの趣味だったらどうしよう) 「阿部、は」 「んー、あ、寝てるね」 どうする起こしてこようか と名前も知らない恐らく阿部とおなじクラスでええとそうだ野球部のみずたにくんとかいう子だ。わたしは彼の肩越しに、机に突っ伏して眠っている(らしい)阿部の姿を捉えて、「いい」とぶっきらぼうにこたえて「わたしが来たこと、言わなくていいから」と早口で言って教室をはなれた。野球は嫌い。だってどんどん、離れてく。 子供の頃からもちろん目つきが悪くて短気で周りからは怖い子だって言われ続けていた。だから傍にいたのはいつもわたし。物心つく前から幼馴染という立場で傍にいて、だからこそ離れていく。野球に出会ってどんどん離れてく。わたしから。それを間近に感じてわたしはあせっているのかもしれない。(あせってる、カクジツに) ねー今日野球部の練習見に行く?あー行く行く!かっこいいよねーあんた誰目当てなのよーきゃぴきゃぴみたいな会話をしている子たちを見る回数が増えた。試合で勝利を重ねるたび増えていく。 どうしようもない苛々が、もう何年も積み重なってそろそろ崩れそうなんですけど! 終業のベルが鳴り響いた。荷物を持ってでた、廊下から今日どこいくあーごめん今日ムリーえーなんでなどとがやがやとたくさんの会話が耳を通り過ぎた。きっとみんな楽しい。そんな高校生活を送っているはずなのにどうして同じ高校生のわたしはこんなに楽しくなくて苛々ばかりがたまっていくの。 胃がぎゅうと締まる感覚がした。これ以上溜め込むとわたしの気持ちよりも先に身体が根をあげてしまいそうだった。 階段を下りる、途中で「なにやってんだよお前は」と少し怒った感じででも飽きれたような、聞きなれた声がした。下がり気味だった視線を上げる必要もなく、わたしが下りる階段の、踊り場に見慣れた顔をみつけた。一瞬足をとめてしまって、ああたしかあの子も野球部のこだ。今にも泣き出しそうに阿部を見ている子と、阿部が同時にわたしの方を見た。 「おぉ、」 なにそれ挨拶のつもり?わたしは声には出さず、なにか表情をつくることもせず阿部と一瞬だけ目を合わせてすぐ傍を通りすぎた。ひとつ、ふたつ。トントンと足音を鳴らしながら一段下りるたび数をかぞえた。「阿部、くんの、しりあい?」さっきの泣きそうになっていた子だろう、(てゆーかよくあんな話し方の子と一緒にいれるな)阿部にわたしのことを聞いていた。じゅうさん、最後の段を数えおわって阿部の答えを聞く前にわたしは逃げた。 熱心に、受験する高校を選んでいた。西浦にすると言ってきたときわたしは少し遠いかなと思いながら(だって朝苦手だしね!)阿部と離れたくなくて同じように受験した。なんで西浦なのかと聞かれて(あんたと一緒にいたいから)なんて言えなかったけど。それがその頃のわたしたちの距離だった 久しぶりに来たこの部屋は、最後にきた中学の頃となにも変わっていなくて少しほっとした。「帰ってくるの遅いけどまあ待っててあげてー」とおばさんの厚意に甘えて。一時間ほどシュンちゃんとおしゃべりしてそろそろ十時になろうかというときだった。階下から「ただいまー」という聞きなれた、つかれきった声が聞こえてきて トントン、階段を上がってくる。 ダン、と部屋の戸が開けられて不機嫌な顔をした住人が顔をのぞかせた。 「おかえり」 「…なにやってんだよ」 「阿部待ってた」 ああ、また だ。どうしてだろう表情が作れない。待ってた って、笑顔のひとつでも付けて言えたなら少しは可愛く見えるはずなのに。もうずっと、持ち続けてる感情が、ぐるぐるぐるぐる。もういつだって泣ける。 「いま何時かわかってんのか」 「なに、よ」 「送ってやるから、早く帰れ、」 怖い顔して(いやもともと怖いけどさ!)、わたしの手首を掴んで無理やり立ち上がらせようとしてくる。なにかが、はじけた。久しぶりの会話はこんなんで、久しぶりに感じた阿部の体温はこんなにも冷たくて哀しい。そんなに手の平がかたくなるほど、野球ボールをどれほど受けているのかなんて想像もつかない。ハルナから離れて、体中のあざも薄くなってやっと帰ってきてくれたんだと思って、いたのに。 引かれた手を、つかんで逆に引き返して自分の身体を反転、反動でがく っと崩れた阿部の肩を思い切り押した。一瞬驚いた顔を見せた、彼を床に押し倒した。ゴン と、鈍い音が阿部の高等部から聞こえて。わたしは阿部の上に馬乗りになった。 「ってぇ…」 「……、」 「おい、何考えてんだ」 退け と、下から睨み付けられて滲む視界で逆に睨み返した。なんの音?とシュンちゃんに戸の外から声を掛けられて「ごめん辞書落とした!」とわたしは大きく返した。 「なにがしたいんだよ」 「っうるさ、い」 「学校では他人のフリしたり俺に会うとあからさまに嫌な顔したり」 俺を振り回してたのしいのか そんなこと、わたしにもわからない。境界線を、ずっと引いたままそれを保ってきたそれでも良かった。でもいまわたしが泣いてるってことはきっともうそれも我慢出来なく、なってる。 「もう、わかんない」 「それはこっちのセリフだ」 「だってわたし、隆也の こと、」 すき、すき、すき。一度も言わなかったこころの中ですら、その言葉をいうこともできなかっただってどうしようもなくなるから。野球に出会った隆也はどんどんわたしから離れてった。今は大変な時期だっていうのもわかってるし隆也もそれを望んでる。もうこんなしんどい気持ちを、一人でかかえ込んでるのはいやなんだよ。 「なん、で」 「言うな」 せっかくの言葉も、急に身体を起こした隆也のキスで水の泡。言うな、と二回目の言葉と一緒に捕まれている腕をもっとぎゅうと捕まれた。 「俺だって我慢してんだ」 「そんなの隆也の、勝手じゃない…っ」 「何言われたって今は何も変えられない変えるつもりもない」 時期が来たらちゃんと俺から、言うから。そんな期待にわたしはまたしんどい想いを抱え込むんだ。 「たのむ、から」 |
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そんなつらそうな顔で言われたら何も言えなくなるじゃない。野球部のグラウンドの隅、試合会場のフェンス越し。今はまだこれがわたしたちの距離なのだと思い知らされる。待ってる なんて言えない、必ず来て なんて言えない。隆也の言う「時期」までの間にほかに好きな人がもしできたら。 「そんなに弱くない、俺も、も、」 今の距離を壊さないかわりに、この気持ちを壊さないことをも同時に誓う。そんな強い瞳で言われて何も言えなくなることを知っていて、隆也はいつだってずるい。 幼馴染の距離。幼馴染すきだよなあ。 20080605(20071107) 秋夢うい 震える恋に10のお題 01.その距離を、誰も、壊さないで |