週に、一度だけ。
そんな約束で両親から無理矢理承諾を得た。どうがんばったって、わたしと阿部くんが一緒にいるための時間は作ることが出来なくてだから週に一度だけ、野球部の練習が終わる時間まで門限を引き伸ばしてもらった。半ば泣きついたようなものだけど(ていうかほんとうに泣いた)。
マネージャーをやろうかな と、相談をしたことがあったけれどそれは彼によって拒絶。ショックで打ちひしがれたわたしに阿部くんは、週一だけでじゅうぶんだからそれ以上親に心配をかけないで欲しい というのと、水谷くんがいるから出来れば部にはあんまり顔出さないで欲しい というのを言ってきた。それから阿部くんは、そのかわり出来るだけ会える時間を作るように努力する と、つよく言ってくれて わたしはもう、それだけで他になにもいらないくらいに喜んだ。
週に一度だけ、
わたしはその日がたまらなく待ち遠しくてでも、どうしていいかわからなくなる日でもあった。わたしと阿部くんは、一度別れていて、いわゆるよりを戻したというもので二度目の付き合いになるわけだけれど、それも一ヶ月と少しが経っただけで 恥ずかしい気持ちと気まずい気持ちはまだなくならない。
カラカラと、静かな住宅街に阿部くんの押す自転車の音が目立つ。
ふと、盗み見るようにして彼を見ると、少し眠たげなかおをしていて ときどきまぶたが落ちそうになっていた。当たり前だ、夏休みに入って 練習に試合に、練習に、試合にと野球部の夏はめまぐるしく忙しい。それなのに、少し遠回りをして(しかも歩いて)帰るのは阿部くんの負担になっているんじゃないのかな。会話のない沈黙に、ついマイナスに考えてしまって俯きそうになってしまう。ああどうしよう、一緒にいたい、いたいけど迷惑かもしれない。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、すぐわたしの住むマンションの前についてしまって結局 ろくに会話もないままだった。「じゃあ、ね、送ってくれてありがとう」 「ん、おやすみ」 阿部くんはいつも、ばいばいをしたあとわたしが家の中に入るのを確認するまでマンションの下にいる。五階の廊下から、いつも阿部くんを見下ろしてばいばいと手を振って家に入るのが常だった。だけど今日は、いくら下を探してみてもいつもの位置に彼はいなくてぐるぐるとしていた考えは更にぐるぐるとして泣きそうになった。
(ごめん ね、)
いつもは彼がいる、誰もいない道路に向かってわたしは心の中で謝罪した。阿部くんきっと、無理をしてる。そう思って、自分の中の我侭な気持ちを叱りつけた。
+++
今日も練習おつかれさまでした、おやすみなさい。適度な、絵文字を選んでわたしは阿部くんにメールを送信した。携帯のデジタル時計を見ればちょうど練習が終わる頃の時間。あれ以来、一緒にいてもいいのかどうか そんなことをどうしても考えてしまって週に一度の約束をしないまま二週間が過ぎてしまった。一度約束をしないと、その次がなんだか出来なくて気まずい。「おやすみ」とメールを送ってしまえば、彼も「おやすみ」と返してくるしか出来ないのか一日がそのメールだけで終わってしまう日もある程だった。
どうしよう、こわい。
付き合い方なんて、わからない。友人達にアドバイスを求めても付き合う環境が違いすぎてどれも参考にもならない。
「、」
夏休みも終わって、一週間が経った頃 朝登校してすぐ阿部くんがわたしの席までやってきて声を掛けてきた。朝、昼休みは元より授業の間の休憩時間野球部の面々は主に睡眠をとっている。同じクラスとはいえ、一緒にいることなんてほとんどない。こうしてわたしのところに来て声を掛けてくるなんて、ほんとうにめずらしい。
「おは よう、阿部く…」 「今日、練習終わったあと いい?」
結局、残っていた夏休み、そして先週も 週に一度の約束を使うことはなかった。いつもは、わたしが 「約束、使うね」 と週に一度のその日を決めてきていた。もう一ヶ月近く 約束を使っていない。残りの夏休み二週間に至っては、約束を使わなくなってから一度も会うこともなく終わってしまっていて。…阿部くん怒ってる、のかな。 「いい?」 何もこたえないわたしに阿部くんは普段よりも強めの口調でそう言った。わたしに対してはいつもすごく、やさしいのに。
「うん、わかった…」
なんだかそれが怖くて 完全に、気圧されてしまってただ小さくそう かえすしかできなかった。ぐるぐるとまた、いやな考えがめぐって机に座ったまま固まってしまったわたしのところに登校してきたばかりの友達が声を掛けに来た。「どうしたの」と言われて「ぐるぐるしてる」と言えば「反対に回してあげようか」と言われた。
「阿部くんと、何かあった?」 「…わかんない、」
なにかあったのなら、まだその方が楽だったのかも。
阿部くんを、信じられないわけじゃない。だけど怖いというのはどうしても拭いきれない。あの時は、行き違いで別れることになってしまったのだと頭で理解しても不安が胸を押しつぶしそうになる。今度こそ、ほんとうに、いつ別れてもいい と思われてしまったら?そんなことを考えてしまって、怖くてどうしようもない。
+++
じゃあなー!おう。また明日! そんなやり取りを何回かしたあと、わたしと阿部くんはふたりきりになった。カラカラ、いつかのように阿部くんが自転車を押す音だけが響いて この沈黙に泣きそうになる。そっと、彼を盗み見ると 少し俯き加減に怖いかお(を、しているように見えた)。
どうするの 家までもう、そんなに遠くない。このまま、何も話さないままなんて辛くてどうしようもない。『もういい』 『やっぱり無理』 そんなこと、言われたらどうしよう ──!
頭の中が、小さく混乱した。急に体が重くなった気がして、一歩、二歩、阿部くんから遅れて離されていく。三歩、離れたところでとうとうわたしの歩みは止まってしまって同時に堪えられなくなった涙がばたばたと零れる。
「え…?」
思わず漏れた嗚咽に、阿部くんが気付いて後ろを振り返った。驚いたかおをした、阿部くんと一瞬目があって咄嗟に目を逸らすのに俯いた。「おい、ちょ、…は!?」焦ってるとも、怒ってるともとれる声色。泣くのをやめないと。そう思って手の甲でぐいぐいなみだを拭ったところで止まる気配はない。これ以上、わずらわしい思いなんてさせたく ないのに。
がしゃん!自転車を、止める音が聞こえて阿部くんがわたしの方へと寄ってくる。
涙で歪む、暗い足元に阿部くんの靴が見えて動揺する。「ごめ、なんでもない、からっ」 「なんでもないことねえだろ…」 なんで泣いてんだよ 苛々とした阿部くんの声が聞こえてくる。どうしよう、どうしよう、もし 嫌われたら。
「なあ、俺…なんかした?」
したなら謝るから、言って その言葉からは苛々とした色は感じられなくて、ぎゅうとつむっていた目を開いてみるとぎゅ っと握り締めた両手が見えた。「、」 「…うん、」 「別に怒ったりしないから」 すぐ傍から聞こえてくる、やさしすぎる声に思い切って顔を上げると思った以上に近くに阿部くんがいて おどろく。阿部くんもおどろいたのか、一瞬体を揺らしてぎゅっと眉を寄せててんてんと幾つか視線を動かして最後、わたしと目を合わせた。
「阿部くん、」 「うん」 「…無理、してる、よね」 「…は?」
無理 って、なにが? 困らせたくないだけなのに、状況はただひたすらに悪くなっていくだけのような気がする。どうしよう、どうしたら。おねがい、きらいに、ならないで。
「…きらいになんて、ならねえよ」
つーか、なんだよそれ と、阿部くんは言った。しにそうな程、やさしい声に胸がぎゅう と苦しくなる。ごめん、ごめんね阿部くん、言って ぐずぐずと鳴る鼻をすすってまた俯いてしまう。
「なんかあったんなら言えって。おまえ…全部溜め込んでそうだもんな。余計な心配、させんじゃねえよ」
「はい…ごめん、なさい」
「今回はなに?なんかわかんねえけど俺は別に無理なんかしてねえし、きらいにもならねえし、…つか、」
のこと、好きすぎて どうにかして欲しいんだけど
言われた言葉に驚いて顔を上げると視線は逸らされてあかい、顔。どうしよう、うれしすぎて涙、またとまらない。
「不安なら、何回でも言ってやるから。だからもう泣くなって」
「阿部くん、阿部くん」
「なんだよ」
「わたしも、どうしようもないくらい、すき」
そうして、ぶつかってくるような激しいキスを余所に、握られた右手がどうしようもなく やさしい。
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