「っなんでだよ!」
自分と違って、日に焼けていないその白い手首を咄嗟に掴んだ。ぐん とお互いの腕が突っ張ってでも、は俺のほうを向こうともせず「はなして…っ」と涙混じりの声でそう言って俺の手を振りほどこうとする。少なからずそれにショックを覚えても放してやるわけにはいかず俺はもっと力を入れた。
「いっ、たいよ隆也…!」
「お前が逃げっからだろ!話、…っきけよ!」
「いや!!」
必死になって抵抗されて、こっちもどうしたらいいかわからずに「いいから、話させろって!!」焦りは力に還元されて、全力で手を引いたらその反動でが転んだ。その時、反対の手に掴まれていたのかばんが、大きな音をたててローテーブルに乗っけてあったグラスを直撃し 倒れてコーヒーがこぼれた。
「っ悪い、大丈夫か!?」
「いや…もう、やだよ隆也…!」
いやいや と、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら首を振られた。なんで、なんでこんな急に。
いつもより早く、帰ってきたら合鍵によってが家に居て、なんでかすげー驚いた顔してると思ったら でかい紙袋を持ってて中身はどうやら俺んちに置いていた自身の私物のようだった。「…なにやってんだよ」と問えば、すっと目を逸らされて「これ、返すから…」と 合鍵。
突然のことに俺はわけもわからずに、「なんのつもりだよ」と思わず低くなったこえで聞けば「…もう、別れよ」?思ってもいなかった言葉にあたまがまっ白になった。なんで、何かした とか、身に覚えなんてない。つい先週セックスしたときだって別段拒否されるようなこともいつもと違う感じもなかった。それが今日になってみれば これだ。なにも言えない俺の横を抜けて出て行こうとするの手首を咄嗟に掴んで…今に 至る。
嗚咽を漏らしながら泣くが、立ち上がって出て行こうとする気配がないことにようやく俺は安堵して、スーツの上着を脱ぎ捨てネクタイをぐいぐい緩めた。泣き続けるの、震える頭を上から見ながら 何故か?と必死に思考を巡らせる。ああくそ、なんも出てこねえ。ち、と焦りからくる苛立ちに舌打ちをすればのからだも震えた。
「なあ、俺、…なんかした?」
言いながら、の正面にあぐらをかいて座った。本気で、別れたいんだと思ってるなら仕方ない と思う。けどせめて理由だけでも聞かせてもらわねーと納得もいかない。確かに、仕事が忙しくてあんまり構ってやれなかった自覚はある。休みの日も「疲れてるから」っていう理由で会わない日もいっぱいあったし。その所為でメールや電話の回数もどんどん減ってく一方だっだし…考えれば考えるほど不安要素は出てきて気持ちが重くなっていく。
「…本気で別れたいって思ってるの?」
言って ぎゅうと、思わず眉間に力が入ったのがなんだかしんどかった。
高校生の、たしか二年のときから好きだった。でも当時野球しかなかった俺は、気持ちを告げる余裕も自信もなく、気がついたら気持ちを持ったまま高校を卒業する羽目になった。大学二年のとき、同窓会の時に再会、変わらず懐かしい笑顔を見せてくれたことに嬉しくてつい飲みすぎ、気持ちは高ぶって 帰ろうとするの腕を半ば強引に引いて向かった先は…ラブホテル。
あれよこれよの間に行為は進んで、自分だけがとりあず満足した後ようやく冷静になれて 自分の下ではらはらと泣くに血の気が引いた。謝る言葉も出ないうちに、弱々しいこえで 軽蔑しないかと聞かれ、意味がわからないでいると 、こんな簡単に身体開いて と聞き取れて、するわけねえよ!と怒鳴ったあと、数年越しにようやく気持ちを伝えることができた。
それから四年近く、比較的関係はうまく行ってたと思っていたし これからもそうだっと思ってた。いくら喧嘩したってこんな「別れる」なんて言葉 一度も出た事ねえのに───。
「じゃあ…いつまで付き合う、の…?」
しばらくの沈黙のあと、俯いたまま言われた言葉の意味はまたわからなくて。いつまでって…意味わかんねーよ。そう漏らせば鼻を啜る音は大きくなって、ぎゅうと握られた手の上や、絨毯にぼたぼたと染みを作った。どうしたらいいか、わからない。これまでの喧嘩でこんな泣き方をしたことは一度もないし、ましてやいまは喧嘩をしたわけでもない。
やばい、これは本気で振られるかも と、思って心臓が激しく動き出す。
「…俺のこと、もう好きじゃなくなった?」
「…好、っきじゃないのは…隆也の方でしょ…っ」
「なんだよ、それ!そんなわけ…」
「ほんとはもうっ、めんどくさいって思ってる、くせに!」
「っ!!」
なんでそんな風に言われなきゃなんねーんだ。一瞬カッと頭に血がのぼって、衝動的にの右腕を掴んだ。そうして向けられた 怒りでもない、責めでもない、ただただ辛そうに不安な瞳、涙でぐちゃぐちゃになったの顔に 俺も泣きたかった。言わせたのは俺だ、そう思わせたのも誰でもない俺。
「俺は、別れたくない、…好きだから」
「うそ、うそつき…っ!!」
「なんだようそって!放ったらかしにしてたのは謝る。でも、俺は…」
「もう、っやだ…」
「おい…?どうしたんだよ」
もう疲れた と、言われた小さな声にもう終わりだと思った。頼むから、理由だけでも教えてくれよ とそんな情けないことしか言えなくて、そこに僅かでも希望はないのかと期待する。
緩慢な動きで、はテーブルの上に無残に放置されたバッグを手にし 中から携帯電話を取り出した。カチ と、携帯を開く音が静かな部屋に響いて操作を始めた。少しして指の動きが止まって、「…これ」と 俺に携帯を差し出してきた。「…うん?」わけも判らずそれを受け取って、表示されていた画像を見て驚く。
「っな…んだよ俺か…?これ」
「隆也にしか見えないでしょ…」
「そーかもしんないけど…つか、…はあ?」
写メなのか、デジカメで撮ったものなのか判らないけれど、それは確かに俺だった。
「なんなのよ、それ…」
「いや、なに、っつわれても…」
「…浮気、じゃ、ないの?」
決定打にするつもりの証拠だったのかは知れないけれど、本気でまったく身に覚えにない。そんな俺の様子に拍子を抜かれたのか、の声の様子から緊張が抜けた感じがした。
「こいつ、俺の会社のやつだな…」
「っやっぱ、り、たか…」
「いや!待て待て!背景なんか怪しいけど!俺マジで身に覚えねえよ!」
「じゃあ…」
なんなのよその写真は…と言ってまたが泣き出した。そんなの俺が聞きてえよ!
その写真画像に写っているのは確かに、俺と、…同僚の女だ。背景にはラブホテルらしき料金表示の看板の前で財布を手にしてる、俺。けどまったく身に覚えはない。
「おい、これどうした」
「…送られてきた」
「誰からだよ」
「…わかんない」
知らない、アドレスだったから と言う。なんなんだ一体。
「送られてきたの、これだけか?」
「え、と、あと一緒にメッセージ が…」
浮気は駄目だよ阿部(ピースマーク) とふざけたメール。つかこれって、
「俺宛てに来てんのか?」
「え、わかんないけど」
「アドレスどれだ…これか」
別段、変なアドレスでもなくいたって普通。時折、俺の正面で鼻をすするの右手を取って握ってやればまたぼろぼろと泣き出した。
つーか、ちょっと待てよ。
送られてきたアドレスを見ていたらなんとなく見覚えがある気がした。しかも最近だ。「あ、ンの馬鹿が…!」「え…?」俺は自分の携帯電話を取り出して、メモリを開く。クソ、やっぱりだ!
「隆也の知ってるひと?」
「知ってるもなんも、おまえだってよーく知ってるよ」
高校時代はチームメイトで、なんの因果か別の大学からたまたま同じ会社に同期入社になった。
「…水谷だ」
「水谷くん!?」
え、でもわたし水谷くんのアドレス入れてたはずだけど と言われ、しまったアドレス変えたのにも言っといてってあったの忘れてた。それにしたってあいつはなんだってあんなもんこいつに送ってくんだよ…!
「悪い、多分それ 先週末に行った飲み会かなんかのやつだ」
「な、なんだぁ…」
おおかた、酔ってた水谷が悪ふざけて撮って俺に送ろうとしたのを間違ってに送ったってとこだろう。だから、まぎらわしいからメモリに「阿部彼女」って入れンなっつったのに!
「ご、ごめんね隆也、疑ったりして…」
「悪いのは全部あの馬鹿だ!つか、おまえ俺が今日たまたま早く帰って来なかったらどうしてたんだよ」
「鍵、はポストにでも入れとこうと思って…」
はぁ、と俺は深くため息をついてガシガシと頭を掻く。良かった、早く切り上げて帰ってきて。へたすりゃそれっきりってことになってたかも知れねえと思うと、恐ろしい。ごめんなさい と、俯くの頭を眺めて安堵感と、ものすごい後悔が襲ってくる。もっとちゃんと大事にしてやってれば、「ほんとはもうっ、めんどくさいって思ってる、くせに!」あんなこと言わせずに済んだだろうに。
「っわ、ぁ…!」
ぐい と、また思いきり腕を引いて倒れ込ませて俺もその勢いのまま後ろに倒れる。ごん と、絨毯の上でも後頭部はじゅうぶん痛くて声を漏らせば「だいじょうぶ?」と慌てて俺の上から退こうとするのをきつく抱き締めて離さない。「ごめんな」と呟けば、きっとまた涙が出てきたんだろうけど俺の胸に顔を押し付けるようにしてきた。
「いつまで付き合うのかっておまえ言ったよな、」
「いい、隆也、いいよ」
「ちゃんと考えてる、待っててくれ って言えたらかっこいいけど。無責任なことは言えないし、その場しのぎなことも言いたくない。…でも、」
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