この時間を大切にしたいと思う 気持ち。










あたしの年代の女の子たちからも(何故か)人気がある兄。郭英士。

お願いがあります。




「駄目」
「な ん で !」

「そんなこと許せるわけないでしょ」

寝言は寝てから言って と英士はあたしの方なんか見ることもなく言った。くそう…こうなったら。


「ん〜ねぇ、いいでしょ お兄ちゃぁん」

あたしは自分でも寒くなるような甘えた声を出しながら、ソファで本を読んでいる英士の隣に腰を下ろしてすり寄ってやった。


「そんな言い方したって駄目」

それでもあたしの方を見ることなく、ついでに表情も変えることなく言ってくる英士に、ムカっときてキッと英士を睨みつける。


「英士のケチ!」
「ケチじゃないでしょ。駄目なものは駄目」

あんまりしつこいと怒るよ、俺 と英士はそこで初めてあたしの方を向いて言った。頑固で融通の利かない兄と、思い通りに行かない事に腹が立って、あたしは目に涙が浮かぶ。


「泣いても駄目」
「───〜〜ッ」



黙って自分の部屋に帰って行くの後姿を目で追いながら、英士は深くため息をついた。





「えー、駄目だったの〜?」
「駄目だった、よ」

翌日の朝、あたしは学校に来るなり友達に昨日の事を報告する。昨日から両親が旅行に出掛けて、兄と二人きりになるこの三日間。親の目を盗んで とそのままだけれど、こんな滅多にない チャンス。


「折角、泊まりに行けると思ったのに」

そう言ってあたしは はぁ とため息をついて肩を落とす。普段絶対に許される事のない、友達とのお泊まり会。

「別に、悪いことするわけじゃないのにねー、」

友達もがっくりと肩を落としてそう言った。本当だよ。


「ただちょっと、それに男子が数人 加わるだけなのに」

あーあ、残念ー と友達が更に続けてそう言った。あたしはそれに相槌をうって、正直に男子が一緒だ って言わないほうが良かったかなー と後悔する。

けれど。


「でも嘘ついてバレた時、お父さんよりもお母さんよりも、怖いの、」

英士なんだよ。 と机におでこをぶつけて伏せる。学年が1つ、上の。


「かっこよくて優しそうなお兄さんなのにね」
「でもウチの中で誰よりも厳しいよ」

あの馬鹿兄貴は と窓の向こうに見える、三年の教室の方を眺める。


「ね、こっそり抜け出してきちゃいなよ」
「えー…?」
「大丈夫だって、お兄さんが朝、起きる前に家に帰ってれば、」

問題ないじゃん とそう笑顔で言う友達にあたしは。



「…そうだよね」


決行まであと十一時間と四十三分。







「英士、明日お父さん達何時に帰って来る って言ってたっけ?」
「夜遅くなるって言ってたでしょ」

あーそっか、そうだよね うん とあたしは自分の作った夕飯のおいしいカレーを食べながら何度も頷く。


「英士の明日の予定は?」
「練習あるに決まってるでしょ」

「あーうん…だよね。…ねぇ英士、一個聞いてい?」

なに と言う英士を視界に入れながら、横から差し出されたお皿を取ってご飯をよそり、カレーをたっぷりかけて。


「どうでもいいんだけど何で結人と一馬くんもいるの、」

そして結人は何 さも当たり前の様ににおかわりしてんの? と今新しく盛られたばかりのカレーライスの皿を結人の手に渡す。


「おれら今日、ここ泊まるから!」
「お前もうちょっと遠慮して食うなり しろよ」

と、そう言いながらガツガツ食べる結人を見て、一馬くんがあきれた様にそう言った。


「いやだっておれ の作ったカレー、」

すげー好きだし! と普通の女の子なら卒倒しそうな笑顔と殺し文句で言われる。


「あーそれはどうも ありがとう」

でもそれレトルトだよ。 とあたしが言うと一馬くんが プ と笑いを噴き出した。


「うそつけ!おれだってレトルトかそうじゃないのか位わかるっつーの!」
「結人煩い」

あたし達の会話を静かに聞きながら、英士が呆れたようにそう言った。口ではそんな事を言っていても、英士が心の底から楽しんでいるのを あたしは知っている。


「で、どうして泊まってくの」

このまま話を逸らされてたまるもんか と思うあたしは負けじと聞きなおす。

そうすると三人ともがあたしの方を見て、英士は言うのが嫌そうな顔をして、結人はそんな英士を見てニヤニヤしているし、一馬くんは少し頬を紅くして気まずそうに笑っていた。


「な ん なの よっ」

そう言いながらあたしは三人のおでこに一発ずつデコピンをかまして行く。それぞれ嫌な顔、ニヤけた顔、赤い顔をしながら男三人、おでこを押さえる様を見回す。


「ないしょ」


笑ってそう言ったのは結人 だ。


決行まであと二時間と十三分。





「英士、あたしもう寝るね」

何か疲れた。 そう言って立ち上がって、英士の部屋を出る。出かけに三人がそれぞれ「おやすみ」と言ってくれた。

これからあたしが犯そうとしている事に、心臓がばくばくとする。
少しでも気取られちゃいけない、怪しまれちゃいけない。
本日、完全犯罪を犯すにはかなり苦しい状況だとも、わかってる。


「…おやすみ」


ちゃんと三人を見てそう言えなかったのは、先にたつ後悔。


決行まであと五十三分。





そ っと自分の部屋を出る。足音を立てないように息を殺して歩く。心臓の音がヤバいくらい激しく波打つ。

そぉ っと、片方の耳を英士の部屋の戸に当てて、中の様子を伺う。


『英士これ、ここ、ここんとこでこっちのDFが…』
『ここはアレでしょ…だから…』

結人と英士の声がする。会話の内容から言って きっとサッカーのビデオでも見ながら談議しているに違いない。あたしは少し安心して耳を戸から離す。吐息のような、小さな小さな声で「英士ごめん」と言って、静かに自分の部屋に戻って。


「あー…怖い けど、行かなきゃ…」

ぱち と部屋の電気を消す。そして静かに窓を開け、さっきこっそり持って来てた靴を手に持って縁に足を掛ける。一瞬躊躇して後ろを振り返り、もう一度「英士ごめん」と言って飛び降りる。飛び降りた先は家のデザイン上作られた、一階と二階の間にある、小さな屋根の上だ。

ドンと、少し大きな鈍い音がして、焦って英士の部屋の窓に目をやる。変化はない。ほっとして、そこから更に下に飛び降りる。バサ と庭の草の上に上手く着地する。更にもう一度、英士の部屋を見上げて。


「ごめん英士…」

そう言って、玄関の方に駆けて行き、門の取っ手に手をかける─────、




「どこ行くんだ?」




ビク と身体が震えて、急いで後ろを振り返る。心臓の音がうるさくて、身体があつい。



「一馬、くん」

なんで… と自然と声が出る。一馬くんは玄関の戸に背中を預けて、腕を組んでこっちを見ている。玄関の上に付けられている明かりが逆光となって、表情は見えない。


「…英士に言われたんだよ」
「え?」
「この時間になったら絶対、お前出てくだろうから、」

だから見張ってろ ってさ。 そう、一馬くんが言う。そこで考えて、しまった そういえばさっき英士の部屋で一馬くんの声聞こえなかったな… と思う。畜生 監視役の為か!と、夕食時はぐらかされていた答えがわかって。

でも。


「なん、で一馬くんが…」
「…知るかよ。英士 が、」


「一馬の言う事だったら反省するでしょ」


「っつーから さ…」
「……え」

そう言われてあたしは、畜生やっぱり英士にはバレてたか と思う。はぁ と大きくため息をついたら、一馬くんがあたしに近寄ってきて、初めて表情が見える。


「見逃して くれる気は?」
「ねぇよ」

そう言った一馬くんの言葉は決して甘くなかったけど、でも。


「俺も、行って欲しくない と思ってるから」
「え…」

こんな暗がりなのに、今一馬くんの顔が真っ赤になってるのがすごくよくわかった。それがどういう意味で言われているのか、少し自惚れて解釈する。そんな自分が何だか嬉しい。


「それにさ、後半年もねぇし、」
「え?何が…?」

一馬くんが急に、言い難そうにして少し俯いた。


「英士さ、高校卒業したらサンフレッチェに入団決まってるから」


だから… と一馬くんは続ける。

「もう、この家にいられる時間も少ねぇし…」

そう言われてもあたしは、何の事かさっぱりわからなくて頭が真っ白になる。



────英士が、サンフレッチェに入団?



「嘘…」
「少し前に、正式にオファーがあったんだ」

一馬くんの後ろの玄関の戸が開いて、そう言ったのは。


「母さんたちはもう、知ってる」
「英士…」
「高校卒業したら俺、向こうに行くから」

そう言った英士の表情は、妹のあたしが見ても何て言ったらいいのか判らなくて。でもすごく強い、意志は伝わって来た。


「俺だけじゃない、結人もガンバに入団決まってるし、」
「まぁ俺は柏だから、すぐそこだけど…」
「ま、ずっと一緒だったおれたちも、初めてバラバラになる わけだ」

英士と、結人と、一馬くんの三人がそれぞれ顔を見合わせて、すこし淋しそうに微笑っていた。


「だからさ

呆然としているあたしに、一番最初にそう声を掛けて来たのは結人 だ。ごくり と喉を鳴らすと、少し目が潤んできて きゅ と下唇を甘く噛む。


「せめて英士が家に居られる 後少しの間だけでもいいから、」

コイツの傍に居てやってよ と、英士の事を親指で示しながら結人が笑って言った。


「実はおれら三人の中で一番寂しがり屋なの、お前の兄ちゃんだからさ!」
の事、可愛くて仕方ねぇんだよ英士のやつ」

結人に続いて一馬くんが言った。それに英士は「ちょっと二人とも」と普段見れない様な顔で二人を止めていた。

俯いてあたしは、涙が溢れてくる。


「うー…」

ハァ と英士がため息をつくのが聞こえて、直後あたしの頭にぽん と英士の手が置かれる。


「あんまり、心配 させないでよ」

その時抱きしめられたお兄ちゃんの腕は、すごくすごくあたたかかった。


***


「英士英士!」

いつもの時間、いつもの場所、英士の隣に座って。


「なに」

面倒くさそうにしてても、どんなに厳しくても。


ずっと一緒に居られるわけじゃないから、この時間を大切にしたいと思う 気持ち。


「おにいちゃんだいすき よ」


────Love Brother


面倒くさそうにしてても、どんなに厳しくても。



「知ってるよ」


優しく微笑う、このひとは。
あたしの事が大好きな、そしてあたしの大好きな────




────自慢の兄貴です。




一昔まえにさる素敵な方に捧げた作品。秋夢作品で現在コレ1点しかない姉妹モノ。英士夢のはずなのに、ヒロインは一馬が好きという微妙な裏設定(コラ)兄妹でも名前で呼び合う家ありますよね。それが羨ましくて英士呼びで書いたのを覚えています。

20061106(20050126)   秋夢うい

「俺が向こう行ってもまだ一馬にはあげないから」「……マジで」