それさえもわからないくらい、貴方の事が好きです。










「明日一日は英士君と一緒に、全部済ませてね」

大きめの旅行鞄に荷物をつめながら、お母さんがそう言って来た。毎年恒例の、英士の御両親との一泊旅行に出掛ける準備だ。中学校に上がる頃から毎年、春休み中の連休に旅行に出掛ける親のちょっとしたイベントだ。

「でも英士、どうせ居ないでしょ」

あたし一人で外食で済ませるよ と観ているテレビから目を離さずに言う。昼間はどうせ練習で居ないんだろうし、英士だってあたしだって、子供じゃない。真田くんと若菜くんだっているんだし三人で外食でもするんだろう と思ったからだ。


「でも英士君が言ってたらしいのよ?」
「え?」
と夕飯一緒にする って」

も女の子なんだから、料理の一つでもしたらどうなの と旅行好きのお母さんはウキウキとした様子で言った。

昨日の今日で正直気まずいんですけど とあたしは心の中で思う。



「ごめんね、ばいばい」

そう言ってもいつもと何一つ表情を変えなかった、彼の気持ちがあたしにない事を 嫌でも思い知った日。それは英士と付き合って三ヶ月目の 良く晴れた 日。

別れを切り出したのに、彼は驚くことも、表情一つ変えることも無かった。付き合い始めた頃から英士はあたしに対して以前からの態度と何一つ変わる事は無かった。ただ、あたしがキスをしてと言えばしてくれたし、会いたい と言えばいつもすぐに来てくれた。


────自惚れてただけ だったのかも。

あたしと同じように、英士もあたしの事を好きでいてくれている なんて馬鹿みたいな自惚れ。
幼馴染 という関係から、恋人 という関係に変わって三ヶ月、また幼馴染に戻る。別れたからと言ってすぐに離れられるような関係じゃない。


「ただ、その延長線上に居ただけ よ」

幼馴染 という、甘い響きの延長線上。





「真田くんたちと外食で済ませて来たら良かったのに、」

翌日 練習から帰って来て、そのままあたしの家に来た英士の顔も見れずに言う。


「おばさんがに料理させたがってたんだよ」

こんな時でもないと、やらないでしょは と英士はリビングで本を読みながら言った。台所で半ば嫌々料理を作りながら、あたしはちらり と横目でそんな英士を見る。別れたのはほんのおとといのことなのに、英士はなんて普通だ。一人少し気まずい思いをしている自分が馬鹿みたいだ。ため息をつく。

あたしと別れたのはそれほどのことじゃない といった感じの英士に、別れを切り出しておいて泣く事もなかったあたしもやっぱり本当はそんな程度の付き合いだったのかな と思う。
好きだ好きだ と思っていたのは、幼い頃から一番近い存在で、幼馴染という 周りから見たらほんの少し甘い関係に酔っていたのかもしれない。


「本当は上手なんだから、もっと普段からやってればおばさんも喜ぶんじゃないの」

と、あたしの作った夕飯を食べながら英士が言った。相変わらず淡々とした素振りだけれど、料理を褒められたことに少し嬉しくなって「ありがと」と返す。


「…、英士」
「なに」
「…ん。なんでもない」

この期に及んであたしは英士になんていうつもりなんだろう。本当は別れを切り出しても何も言わずに「わかった」とだけ言って離れていった英士に、「どうして何も言ってくれないの!」と泣きつきたい と思っていたあたしがまだ いる。

想われていないと思うことが辛くて、悲しくて。ただそこから逃げ出しただけなんだ と気付いたのは別れを切り出した直後。「わかった」と一言だけ言った英士を見て、すぅ と頭が真っ白になった。


「あ、コレ結構上手に出来たと思わない」
「前に食べたときよりは全然おいしいね」
「悪かったわね前は最悪で」

「…褒めたつもりなんだけど、」

なんでそこで怒るかな と英士がため息をついた。こんな風な会話もちっとも変わらない。あたしと英士が恋人同士だった三ヶ月間は、何の意味があったんだろう。
じわじわ と、あたしの中に何かがこみ上げてくる、感じ。



「ねぇ英士、今日泊まってってよ」
「いいよ」

また だ。英士は絶対に「いやだ」とは言わない。いつもいつもあたしの我侭をそのまま受け入れるんだ。また、こころがいたい。


「何だったら真田くんたちも、」

呼んだら? と、片付けも終わってリビングの、ソファの英士の隣に座りながら 言う。


「呼びたいの?」

そう、英士が言ってきた。なんだかそれが不思議な感じがして英士の方を見ると、目が合った。いつもとなにも変わらない感じなのに、何だか悪いことを言ったような気が してくる。


「英士が呼びたかったら いいよ」
「じゃあいいよ、別に」

呼ばなくても。そう言って英士はまた本に目を落とした。どうしてこの人はいつもこうなんだろう。あたしの嫌がることは絶対にしないくせに、あたしはいつも追い詰められてる気がして仕方がない。

付き合う前や、最初の二ヶ月くらいまでは 優しいからあたしの嫌がることは何もしないで、あたしのお願いごとや我侭は全部、聞いてくれてるんだ。 そう、思ってた。


「…ねぇ、英士────」

それが全部、本当はあたしの事なんかなんとも思ってなくて、どうでもいいからなんだ って事なんじゃないか、って思うようになったのはつい最近。

本当は悲しかった。とても淋しかった。


「…なに?」

英士がまたこっちを向いた。どうしよう 泣きそうだ。自分から別れをきり出しておいて、逃げてるだけだ ってわかっててもすごく 後悔してる。



────でも、



「────キス、して」

ほんの少しだけ、驚いた表情をして 英士は読んでいた本を閉じた。組んでいた脚を解いて、彼はあたしの頬に手を添えてきた。少しだけ首を傾けて、綺麗な英士の顔がゆっくりと近づいてくる。

付き合っていた時と、なんにも変わらない。あたしはこんなにもおかしな事を言っているのに、英士は何も言わないし、嫌な顔ひとつ しない。



────でも、本当は


好きよ、英士



「…なんで、」
「…え?」

英士の息がかかって、唇が触れる寸前 自然と声が出て英士が止まった。
少し離れて行った英士の表情は戸惑いに少し歪んでいて、そんな英士の顔があたしの涙で滲む。


…」
「わかんない、わかんないよ英士…っ」
「…なにが」

英士がす スッ とあたしの目元に向かって手を伸ばしてきた。触れられる と思ってあたしは咄嗟にそれを避ける。正確には怖くてからだがそれを拒否 した。


「なんで英士何にも言わないの!?」
、」
「おかしいじゃない!あたしこの前 別れよう って言ったのよ!それなのにどうしてキスなんかしようとするのよ!」

一気に叫んだあたしの呼吸は乱れる。俯いて、どんどん涙が溢れてくる。どうして、あたしこんなにも、


「キスして って言ったのはでしょ」

どうして泣くの と英士が言った。


「英士おかしいよ!あたしがして って言ったらなんでもするの!?」

どうして嫌だ って言わないのよ! 叫んで言ってあたしのこころがいたむ。嫌だ って言われても傷つくくせに、すごく わがままだ。


「嫌だ って言う理由なんか、ないから」

それじゃ駄目なの? 英士があたしの涙を親指で拭いながら言って来た。何を言っているのかわからなくて、顔を上げたらすぐ目の前に英士の顔があって彼の冷たい唇が、あたしのそれに触れた。


「英士…っ?」
「ねぇ、俺なんかした?」
「え…?」

英士は眉根を寄せて、少しだけ俯いた。英士の表情がなんだか寂しそうに見えるのは、きっと気の所為なんかじゃ ない。期待してる、自分が いる。


「俺が何かしたから、」

別れたい って言ったんでしょ。 そう言う英士の表情は、すごく辛そうだ。俺は間違ったこと した? と英士は言葉を続ける。

のこと好きだから、だからキスもしたかったし ずっと、」

いつも一緒に居たいと思ってたよ 俺は と、ふわり 優しい匂いがしてあたしの身体が英士に包まれた。すごく、安心するぬくもりで、やっぱり同時にすごく泣きそうに なる。



────でも、本当はわかってたんだ。




「ぅ、っく…」
「俺が何も言わない事で不安にさせてたんなら ごめん、」

本当に、ごめん と英士はあたしの頭を抱きかかえるようにして強く、抱きしめてきた。ふと、あたしのからだが英士の心臓のおとを読み取って、それがおかしくて少しわらう。


「……なんか、」

英士らしくないね とそう、英士のからだを抱きしめ返す。本当はずっと、英士も不安だったのかもしれない。



といるときはいつも、」

自分を保ってなんか いられなかったよ と英士はそう言った。それもおかしくて「嘘だー」と小さく言うと、「ほんとうだってば」と英士の少し拗ねたような返事が返ってきた。


のこと、好きだから、だから、」

別れるなんて 言わないでよ。 そう言ってまたあたしのそれに触れた英士の唇は、今度はとてもとてもあたたかかった。ああほんとうにあたし、英士のこと 好きなんだなぁ と思う。


「英士、あたしのこと、幼馴染としか…っ想ってくれてない って思ってた、」
「俺はいつだっての事しか見てなかったよ、想ってなかったよ、」


────世界で一番大切な 女の子


英士があたしの額にキスを落としながら言った。今までの英士じゃないような感じがして、あたしの心拍数は急激にあがって、顔に、英士にキスされた部分に熱が集中する。


「えーしぃ…」
「好きだよ。誰よりも、ずっと のこと」

大切に想ってる。 英士の優しい声があたしの耳元でリンとして響く。



本当はずっと、寂しかったんだ。
何も言葉をくれない英士に、泣きそうなくらいに優しい英士に。
逃げ出したくなるくらい、優しく微笑う英士に。

いつか想われなくなることが、本当は想われてないんじゃないか って事が。
怖くて、寂しくて、本当は自分が思ってた以上に英士のことが 好きで。



「あたしも、英士のこと…っ」

すごくすごく、好きなんです。
それさえもわからないくらい、貴方の事が好きです。


「ずっと、俺の傍にだけ 居て」
「うん、ずっと いる…っ!」

幼馴染 という、甘い響きの延長線上。
あたしたちにとってはそれが全て で、何よりもかけがえの ない。

が、大好きだから」



────まだまだ甘い 延長線上。




キミにとりこ並に白い英士 リクエストでさる素敵な方に捧げた作品。白い方向性を間違えました(ぇ)
言葉足らずだった英士サマのおはなし。 

20061106(20050325)   秋夢うい


好きだったことにも気付けないくらいの 好き)