本当は自分が生きている、存在理由が欲しいだけなのかも知れないけど。 もう、聞き飽きた。 「っだから!私は言ったんですよ!」 「あの時はお前だって産みたいって言ったじゃないか!」 「それはあなたが…っ」 暗い、自分の部屋。ベッドに潜り込んで、必死に耳を塞いでみても両親の言い争う声がどうしても聞こえてしまう。ねぇ、もういい加減にしてよ。 あたしが邪魔なら、そう言えば良いじゃない。 あたしが邪魔なら、捨てれば良いじゃない。 ────あたしが邪魔なら産まなきゃ良かったじゃない。 あたしが邪魔なら、何の為に生まれて来たの。 *** 「逃げてきた、みたいでヤだけど しょうがないよね、」 待ちにまった夏休み。日ごろ規則に縛られた寮生活にうんざりしている大抵の生徒は、実家に里帰りする。寮に残っている生徒は地元組、部活組のどちらかが大半を占めていて。 そんな中、どちらでも無いあたしは 家に帰りたくない、なんて到底言えるハズも無く、地方出身組として例外なく実家に帰っていた。だけど、両親の言い争う会話に もう耐えられなくなって、今日 寮に戻って来てしまっていた。 「まぁ地方組って言っても同じ関東だし…変じゃないよね、」 一度は寮に戻ったものの、友人は里帰りで誰も残っていなくて なんだか一人で寮に居られるほど落ち着いても居られなかったあたしはフラフラと学校に来てしまっていた。誰も居ない図書室で ぼんやりと、読んでもいない本をパラパラとめくる。 独り事を言ってしまうのは、やはり孤独からくる淋しさなのかな なんて考えながら。 「あつい…」 本の保存状態を保つため、温度調節に適度に冷房は掛けられているけれど、誰も居ない図書室はとても暑く感じられた。何となく、校庭に目をやって。 「あー…、サッカー部ー…」 あぁ、またあたし独り言言ってるなぁ と、それもまた独り言で言って 相当キてるなぁなんて考える。 誰かにあたしを、見て欲しい。あたしの声を、聞いて欲しい。 あたしの存在を知って欲しい。 愕然と、そんなことを思って あたしは本を閉じて机にそのまま残して静かな図書室を出る。 「外…もっとあつい…」 校舎内はあれほど静かだったのに、我が武蔵森学園グラウンドは部活動に励む生徒達で活気に満ちていた。その中でも特に広い、サッカー部の為のピッチ。何十人もの部員が汗を流し、声を張り上げて練習に熱を入れていた。 「あれ、先輩じゃないッスか」 「藤代くん、」 「何やってんスか?」 フェンス越しに、最初にあたしに気付いて声を掛けてくれたのはサッカー部のエースの藤代くん。とても人懐っこい子で、笑顔で近づいて来た。 「ん、何かやる事無くて。外、見たら練習してたから」 「じゃ、俺の勇姿、見てって下さいね!」 なんだか、犬が尻尾を振っている様に見えなくも無い。それが微笑ましくて笑って ん と短く返事を返す。 「オラ、バカ代!何やってんだお前!」 「いた!もう!バカ代って言わないで下さい っていつも言ってるじゃないですか!!」 三上先輩!と、藤代くんのお尻をを後ろから蹴り上げて現れたのは。 「三上…」 「何やってんだよお前」 隣でぎゃんぎゃん言っている藤代くんを見事に無視して、少し 厳しい目つきであたしは見られる。 あまり、多くの人には知られていない。その中でも数少ない あたしの家の事情を知る人物で、これもあまり知られてはいない、あたしの大切な 人。 「練習、見てた…」 少し、伏目がちになる。何も悪い事をしている訳じゃ、無いのに。 「…お前、寮に帰って来てんのか?」 「…うん」 「いつ」 「…今日、」 三上の、少し圧力を掛けられているような言葉に あたしのは弱々しく返事をする。 「相部屋のヤツは」 「…居ない、」 「…練習終ったら行くから、部屋で待ってろ」 「あ!三上先輩、ヤらしい事するつもりなんでしょ!?いくら自分の彼女だからって…イハィ!」 「バカは黙ってろ!」 額に青筋を立てて、彼は藤代くんの頬をつねりながら練習に戻って行く。何も聞かないで居てくれた彼に、あたしは心の中で感謝した。 本当は、あと三週間は寮に戻ってこない予定だったのにね。 * 夕方、言われた通りに部屋でひとり待つ。寮に戻ってきた昼間は、なんだか落ち着かなくて部屋に居られなかったけど、 七時過ぎ、窓が カツ と小さな音を立てた。あたしは少しだけその音に驚いて、カーテンを引くとそこには三上の姿。あたしは掛けていた鍵を外して、窓を開ける。 スポーツバッグを両手に持って、彼はひょい と軽く窓枠を越えて部屋の中に飛び入った。 「ごめん、三上…」 「二人の時は亮でいいっつってんだろ」 「…うん。髪、どしたの?」 ぽたり、ぽたりと、ときどき雫が落ちる彼の髪を見てあたしは不思議に思って言った。 「あ?シャワー浴びてきたからな。タオル貸せ」 頭をわしわしと掻きながら洗面所へ向かう彼の後ろ姿を見て、濡れた髪を乾かすのもそこそこに自分の処に来てくれたのだと思うと、何だか泣きそうになった。 暫くして、タオルを肩に掛けた彼が洗面所から出てきた。ちら、とあたしの方を見るとベッドに腰をかけた。 「何してんだ。隣、座れ」 ばふ と、自分の隣を叩いて、あたしに隣に座れと促がした。あたしは「ん、」と短く返事をして微笑うと言われた通りに腰を掛ける。 「今度は何、言われた」 「……、」 直球に、的確にあたしの真ん中をつついてくる。ここまで敏感にあたしの事に気付いてくれるのは…、亮しか居ない。 「、」 なかなか言い出せない、あたしの名前を彼は優しい声色で呼んだ。それにあたしは、張り詰めていた糸が切れてしまって、涙が溢れる。 「泣くなよ」 そう言って 彼は優しくあたしのの頭を自分の身体に引き寄せて、自分の肩口にうずめさせた。聞いてしまった、両親の会話を所々詰まりながらもあたしはひとつひとつ 話して聞かせる。 「ったくお前の親は…」 全部を聞き終えた彼は、静かに声を出してはいたけれど その静かさが彼の怒りを最大限に表していた。 「あたし…生まれてっ、きちゃダメだったの、かな…?」 「んな訳ねーだろ。バカな事言ってんな」 「うん…っ」 言って、言われて、また涙が溢れてくる。親の事が有る度に 亮はあたしの話をちゃんと聞いてくれて、いつも優しく、あたしの欲しい言葉をくれる。何度も何度も、同じ事を言っても必ず亮の全てで聞いて、あたしのそれに応えてくれる。 今日はいつも以上に、亮の存在が暖かく感じるよ。 「じゃ、あたしは…何の為に生まれて…何の為に生きてくの…かな…っ?」 「……」 男と女として付き合う前も入れて、もう2年以上の付き合いになる。けど、この質問だけは今まで聞けなかった。 独りでよく、考えた。邪魔な意識でしか扱われず、あたしの事で大喧嘩する両親。 親の愛を受けられず、必要とされた事のないこのあたしが、何の為に生まれたのか。 否、───産まれた のか。 「…お前、」 わかんねーのか?と、ぼそりと、ちょっと暗い声で返される。不安が、あたしの胸を襲う。 「あき…ら、…ん!?」 顔を上げて、亮の方を見たとたん 無理に唇を奪われる。深く、熱く、舌を絡め取られて、勢いに耐えられなくなってあたしはそのまま後ろに倒れ込む。 その衝撃でも唇を離す事は無く、亮はあたしの唇を奪い続けた。 「…、ちょ、あき、」 暫くして 満足したのか、彼はようやくあたしのの唇を解放してくれた。息も絶え絶えになって、あたしは顔を赤くして彼を見つめる。 「オラ、判ったか」 亮が、勝ち誇ったような顔をしてニヤリと笑った。唇は解放されたものの、身体は彼の両腕に囲われて身動きは取り辛い。 「え……?」 「バカかお前」 「ぅ…、だって判んないもん…」 呆れたように言われて、あたしはちょっとムっとして拗ねたように言う。それに彼は再度呆れたような顔をして、深くため息をついた。 「っ亮!」 「…お前、俺の事好きじゃねぇの?」 「…え?」 ────俺の事、好きじゃねぇの? 真剣な顔をして、聞かれる。 「そんなの…っ!大好きに決まって…、…あ、」 ようやく気が付いたあたしに、彼は再度ため息をついた。 「なら、ンな悩み どうって事ねぇだろが」 「亮…」 大好きな、彼の顔が涙で歪む。 「お前は俺の傍に居る為に生まれてきて、俺の傍に居る為に生きてんだよ」 「あき…らっ」 ぎゅう、と彼に抱きつく。亮はポンポン と、あたしの頭を軽く叩いてきた。「安心しろ」そう、言ってくれているみたいで。 「俺がお前を必要としてんだから、それをお前の生きてる理由にするには充分過ぎんだろ」 人は誰かの為に生まれてきて、誰かの為に生きていく。それは家族だったり、友達だったり、恋人だったり。 人それぞれに必要としてくれる『誰か』がきっと、居るはず。 「愛してる、」 あたしは、亮の傍に居る為に生まれてきて、生きている。 ────それがあたしの…、 「ずっと、俺の事だけ考えて生きてろ」 あなたがあたしの、────raison detre. 昔、ある方に誕生日に贈った作品。少しだけ手を加えました。わたしにしてはなかなか珍しい作品。 raison detre. レーゾンデートルは、フランス語で(存在理由) 20070228(20041004初版) 秋夢うい (「っつーわけで、まずはこのまま第1ラウンド」「だーまーさーれーたーっ!!」) |