いつもは必死になって抑えているこの想いを、一瞬にして溶かされてしまう。










「きっとわたし、もうすぐ捨てられると思うな」

うん、絶対にそう とわたしは呟いた。
目の前に座っている友達は「はあ?」と言って怪訝な表情を見せている。どうせ惚気なんでしょと呆れたように友達はそう言って、手元の雑誌に目を移した。

惚気、であればどんなにいいんだろう と、わたしは心の底から思った。


***


ひらひらと、綺麗に桜の花びらが舞い散る季節だった。退屈だなぁ と、その花吹雪の中に立って呟いた。
高校に入学して、確かまだ二週間かそこらだったと思う。新しい顔ばかりのクラスメートに全然馴染めずにいて、一人勝手に疎外感を感じていた わたし。

「最近毎日ここにいるよな」

地か、そうでないのか。短髪に少し明るい色。目がくりっとしていて可愛い。女の子みたいだと、一番最初に思ったことはそれだった。ああそういえば、見たことある な。

「…ええと、うえはら くん、」

うろ覚え。必死に思い出して出た名前を呼んでみる。

「そう!よく俺の名前知ってたな、」

サン と、わらった顔が、とても印象的だった。ああ良かった、名前合ってたと安心して。

「…わたしの名前、」
「そりゃ知ってるよ、クラスメートじゃん。俺ら」

真っ直ぐに見てくる瞳。ひょっとしたらこの瞬間からわたしは彼のことが好きになっていたのかもしれない。





ー!」

綺麗な、うすいピンク色の花が散り、暑い陽に影響を受けて緑色の強い葉をつける季節。まるで昔の時代の恋人達の逢引のように、時々同じ桜の木の下で会っていた。

「なんかもう、超紫外線出てます て感じ」
「はは、なにそれ」
「ほらわたし色白だから、敏感なんだよ」

UVカットはばっちりだけどね と言ってわたしは、自分の腕を上原に見せるようにして上げた。「うわ、白っ!」と言って上原は真似てわたしの腕の横に自分の腕を並べてみせた。

「サッカー焼け。健康的だぁねぇ、わたしも少し位焼いてみるかなぁ」
「やめとけって、」
「…、なんで」
「…だって、」

────俺、の色白いの好きだから。

ただでさえ暑いのに、もっともっと暑くなった。自覚はしていたけれど、まだ認めたくはなかった気持ち。





、」

またあの頃のような綺麗な花びらをつけるために、紅くなった葉が落ちる季節。名前で呼ばれる程にまでなったわたしと彼との関係は、何か名称が付けられるようなものに変わったわけではなかった。

「うん、どうしたの」
「んー…、」
「…、諦めないでがんばりなよ」
「…すげーよな、」

なんでは俺が言って欲しい言葉がわかんの と、彼は言った。泣きそうだった。それ程までに彼のことを理解っていて、近くなって来ている事にわたしも泣きそうになった。


「上原なら大丈夫だよ」

わたしの上原への呼び方はまだ、変わることはなかった。





「…ごめん、」

何もかもが眠りにつく寒い。彼の焼けた肌もすっかり元通りになり、わたしは雪の所為もあってもっと色白くなったような気がする季節。明らかにわたしたちの距離は縮まって いた。


「…ごめん、な」
「なに…」
「なんか、すげーしたくなった から、」

だからごめん と、上原は何度も言った。

「顔、あかいよ」
「…、寒いから」
「ふーん、」
「…つか、」

もあかいし と言ってわたしの頬に触れてきた彼の指先は、驚くほど冷たかった。ついさっき触れてきた唇があまりにも熱かったものだから、きっと余計に冷たく感じたんだろう。

「それは…ほら、寒いから ネ」





それから、触れるだけのキスを何度かした。そんなわたしたちの間は、友達だと言い切れるようなものでもなくて、だけど決して、恋人だと 言えるようなものでもなかった。

わたしたち二人に、「好きだ」とか、「付き合おう」とか、甘い言葉なんて。一度も出たことがなくて。
ただ、居心地のいい水の中のようにゆらゆらと、流れに身を任せて浮かんでいるような。

その水が枯れてしまえば、流れなんかすぐに止まってしまう。そんな。





二度目の春が来た。綺麗に咲き誇った桜の花びらが、昨日降った雨で少し落ちてしまっていた。
茶色い、湿った砂の上に張り付くようにして落ちている薄いピンク色の花びらが、何だか悲しかった。

湿った、太い木の幹に触れてみた。一年前のあの頃と何も変わらない。足元で小さく水音がして、ふと下を見ると小さな水溜りが出来ていて。水面には泣きそうな顔をしているわたしの姿。ゆらゆらとその姿が揺れる。

ひらりとひとつ、花びらが落ちてきて小さく揺らぐ。


「うえはら…」

思わず名前を呼んでしまって、胸が締め付けられる。避けられるようにして、あまり話をしなくなったのはもう、二ヶ月以上も前の 話。



古びた校舎の、廊下を友達と歩いていた。ふと前を見ると向こうから上原が歩いてくるのが見えた。

「──あ、上原っ」
「……」

目を、合わせる事もなかった。一瞬、わたしと上原が仲が良かったと思っていたのは実は夢で、本当は仲良し
でもなんでもなく、ただのクラスメイトでしかなかったんじゃないだろうか と。



「捨てられる て表現はおかしいかも…」

そうだ、それを考えると捨てられるという表現は本当に、可笑しい。上原に捨てて貰えるような。そんな。
そんな関係であるはずが、ないのに。


「……っ」

好きなんだ。とてつもなく。彼のことが。今更そんな大切なことに気が付いたってもう、遅すぎるのに。

「上原…っ」



「なんだよ」

後ろで声がして反射的に振り返る。目の前には、見慣れたはずの彼の姿。ほんの少し浮いた涙に、彼の姿が歪んで映る。


「うえ、はらっ」
「…なんだよ、」

そんなかおすんの、反則だろ と呟く上原の声がきこえた。


「…と離れてみて、わかった」
「…っ、?」

一歩、上原がわたしに近づいた。


「すげー退屈で、」

また一歩、近づいて。


「すげー会いたくなって、」

また一歩、近づいて。


「すげー辛かったのと、」

また一歩、近づいて。わたしと上原の距離はあともう一歩分。


「すげー 好きだって、こと」

最後の一歩。上原の息がかかりそうになる。懐かしい、匂い。



「ごめんな、」

上原が一歩、近づいてくる毎に早くなるわたしの鼓動は、息が苦しくなる程。それが辛くてぎゅう と、胸元の服を掴む。


わたしの涙がひとつ、落ちて。さっきまではわたし一人しか映っていなかった水溜りが輪を作って揺れた。ずっとずっと、必死になって抑えていた彼への気持ちが、彼によって一瞬にして溶かされてしまう。


「当たり前みたいに毎日一緒にいてさ、に触れるようになってからずっと引っ掛かってた」

好きだって言葉も言わずに、言えずにずっといて。触れても拒絶しないわたしに、満ちる気持ちと不安を同時に抱いていたということ。


「…すき、上原のことが、すき…」

震える声。言った後に見た、上原の表情がすごく柔らかくなっているのがわかった。
ずっと同じ気持ちでてくれたんだろうかと、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。

上原がさらにもう一歩、近づいて きて。


「…やっと、つかまえた」

やさしい、上原の匂いに包まれて、激しく波打つ。
もっともっと息が苦しくなる程に、わたしの想いももっともっと強くなる。

このまま息が出来なくなって、死んでしまってもいいと思える程の幸福感の中でわたしは何度も何度も思い描いた。

あと幾度も迎えるであろう、あたたかい春の季節を────


上原の隣で迎える。そんな、あたたかい夢を。




拍手御礼夢。終盤力尽きたものの、新しいイメージのあっくんが出来上がりました。使用テーマは春。

20061111(20060524)   秋夢うい

震える恋に10のお題 3:早鐘の心臓が限界を告げる

ひらりひらり、花びらが舞うたびにわたしはあの日を思い出す