額にほんの少し触れた、小さな熱にさえ こんなにわたしは動揺してしまって。










いつか大きくなったら、素敵な人と素敵な恋がしたい と、うんと小さい頃に思い描いていた。


「うあ、さむっ」

家の外に一歩出た途端、痛いほどの冷たい風が制服のスカートを揺らした。ほんの少し校則を違反した、短くしている丈を後悔するのはこんな時だけだ。一瞬で冷えてしまった、両手を制服のポケットに突っ込んでわたしは身を縮こまらせた。

そのとき、カシン と少し鈍めの金属音がしてわたしは後ろを振り返った。ほんの十数メートル後ろの、家の玄関の柵が閉められた音だとすぐにわかった。(本当はあんまりわかりたくなかったんだけど)


「…おう」
「…おはよ、」

ニ、三ヶ月ぶりに見た彼は全然変わっていなかった。変わった事といえば、もうすっかり冬の格好になっていることくらいだと 思う。「さみーなー」と言いながら、わたしの方に駆け寄ってきた、


「…また背、伸びたね、」

結人 と、彼の名前を呼んだ。どんどんと、わたしと視線の位置が変わっていく。小さい頃、同じ目線でいつも同じものを見ていたのに。本当にもう、過去の、はなし。


「成長期よ、俺は」

羨ましいだろー と、無邪気な笑顔でわたしの頭の上に ぽんぽんと手を置いた。寒さから護ろうと着けられている手袋の厚さが伝わってきた。結人は小さい頃から本当に、手の寒さだけは耐えられないひとだったなぁ と。

「…なにそれ、」

わけわかんない と、少し苦笑した。そしてその後すぐに胸が締め付けられるような、痛み。
ツンと、鼻の奥が痛くなって、熱くなって。


「…なぁ、お前 さ、」
「…、なに」

結人の方なんか、見れるわけがなくて。下を向いたまま、じわりと浮いて来そうになる涙を堪えて返事をする。
あー、やー、なんつーかと、すごく言いづらそうに言葉を濁す結人に、わたしはピンとくる。今すぐ駆け出して、この場所から、結人の傍から離れてしまえばすごく楽に、なれるのに。寒さでかじかんだ、ゆっくりと動く足は、そのまま走り出してくれそうにもない。


「ケータイ、どした」
「…どした、て」

なにが と、とぼけてみる。未だ両ポケットに突っ込んだまんまの、右の方の中にあったものを、ぎゅうと、わたしは握り締めた。


「…や、メールとか結構、送ったんだけど 俺」
「ほんと?ごめんね、バイト辞めてからケータイ、」

解約しちゃったから と、そんな、見え透いた。


「…ふーんそか、」

じゃあしょうがねーよなと、結人が苦笑したのがわかった。右のポケットの中で、携帯電話を握り締めた手がじっとりと汗をかいて来た。


────と、


こんな雰囲気の中で流れた着メロは、最大音量に乗って陽気な音楽だった。そのままずっと鳴り続ける携帯に、足が完全に止まってしまった。この音楽が流れるのは、たった一人しかいない、そんな設定で。
結人の方を見た。何故か怖いとか、そんな感情は一切なくて。陽気な音楽とは正反対にすごく、切なくなった。


「その設定、まだ変えてなかったんだな」

いつの間にか、右手の手袋を外していた結人の手の中に、オレンジ色の、派手な彼の携帯電話。胸の高さにまで上げられた携帯のディスプレイには、【 発信中…  】の文字。
切ない想いが、溢れ出したように堪えていた涙が一筋、二筋と流れて落ちた。哀しそうな結人の表情に、わたしはもっと耐えられなくなって下を向いたら、ぱたぱたと涙が地面に落ちた。


いつからだっただろう、ただ、ただただ一緒にいるだけで辛くて切なくて、哀しくなってしまうようになったのは。
触れてしまえば暖かそうで、思い切って飛び込んでしまえば、そのままぎゅうと包まれてしまいそうな目に見えて、あやふやな関係が辛くて、切なくて。…でも大切で。
こんなわたしと結人の関係を、悲しい想いで見ている女の子達が何人もいるという事実に、耐えられなくなって逃げ出した、それを自分への言い訳にしてわたしは。自分を、護って、いただけで。


トントン と、小さくノックするようにゆっくりと、わたしの額に触れてきた結人の指先は、驚くぐらいあたたかくて、もっとわたしの涙を誘った。額にほんの少し触れた、小さな熱にさえ こんなにわたしは動揺してしまって。

「俺、お前の泣いてるそんな顔も好きだけどさ、」

やっぱキツいもんがあるからやめろよと、結人はもう片方の手袋も外して、わたしの顔を包むようにして触れて来た。


「嬉し泣きとかだったいいよ、けど今のそれって明らかに俺の所為だろ」

知らないよ と言いたいのに一言一言が嗚咽にしかならなくて。


「…いい加減、」


────俺のこと焦らすの、やめろ。


「な、によ、えら…えらそうに、」
には俺しかいねーみたいにさ、」

俺にだってお前しかいねーんだからと、結人は言った。
言葉にされたら、もう本当に逃げ道は無くなってしまって、ぎゅと、わたしの冷たくなったほっぺたを包んでいる結人の手を握った。


「…すげー、好き」

結人の手が、ほんの少し震えていることに気が付いた。寒いからなのか、緊張しているからなのか、今のわたしには全然わからなかった。けど、


「…わたし、」
「おう、」
「わたし、だって…、」
「なんだよ」


わたしだって、結人の、こと。


「…ちぇ、こんなとこまで焦らすなよ」

あと、たった二文字じゃん と、それ以上先の言葉を言えなくなってしまったわたしに、拗ねたように結人は言った。結人の、震えているその手が、ものすごくあたたかい事だけが、今のわたしにわかる こと。


震える手の、大切なぬくもり。



言いたいのに言えない、そんな言葉を切なく。

20061111(20051218)   秋夢うい


震える恋に10のお題 4:言い出せない、あと、一言が

まさかいつか大きくなったら の素敵な人が結人だったなんて思ってもみなかった、なぁ。)