綺麗な顔を歪ませた、そんな表情に魅せられて鳥肌がたった。










「なんだ、この仕打ちは…、」

はあ と、一馬がため息をついた。赤い携帯電話を片手に、あがった呼吸を落ち着けるために自分の両膝に手をついて肩を上下にしていた。


「やー、ほんとに来るとは思わなかった よ」

すごいね一馬 と、彼の前にしゃがみこんで、腿の上に両肘をついて頬杖をし 少し俯いたまだ息のあがったままの一馬を見上げる。額にかいた汗に、綺麗な黒い髪が少量張り付いているのが煩わしかったのか 二、三度軽く頭を振っていた。


「こんなメール入れてきやがって、来ないわけにいかねーだろ」
「…うん、わかってる」

ごめんねと言ったら「絶対悪いと思ってねーだろ」と返された。悪いと思ってるよ。だから。


「ねぇ、怒らないの?」
「は?」
「一馬のこと困らせて、悪いことしたのに」

怒らないの?

別にふざけて言っているわけじゃない。時にはきちんと怒ってもらわないと、自分も相手も駄目になるのは目に見えてること。気持ちを溜めるのは良くないから。


「…怒って欲しいのかよ」
「そう見える?」
「…つか、」

そうにしか、見えない と、一馬は言った。
メールを入れる前に、あのことを電話で先に話したことが逆に駄目だったかなと少し後悔する。


「相手のことを知るためには、相手が何について怒りを覚えるか知りなさい、」

────だってさ。


と、ついさっきお母さんに言われた事を一馬に電話で話した。「ふーん」と、興味なさ気な返事だったけれど、実はほんの少しその話に興味を持ったことをあたしは理解っている。


「冗談って、わかってるけどこんなメール、入れられて 怒るより先に」

焦ったっつの と一馬は言った。本気じゃないってわかってて、それでもそれを守って来てくれる一馬に胸が締め付けられる。


『今から十分以内に来てくれなきゃ別れる。乗り物は禁止』



「…うん、ありがとう」

きっと頑張って、走って来てくれた。一馬が借りてる部屋からあたしの家までは歩いて、最低でも三十分と少しはかかる。それを十分以内に といったのだから必死に、走って。


「で、なんだよ。結局怒って欲しいがために呼びつけたのか?」
「…うん、」

そうだよ と、目を見て言った。少しつった一馬の目が驚きに少しばかり見開いて。


「……わかった」
「え、かず…」

ぐい と、右手で頭を掴まれて引き寄せられる。少し顔を傾けて目を瞑る そんな一馬の唇に塞がれて言葉に詰まる。そうじゃない。そうじゃないよ。



「キスして なんて言ってない」
「…うっせ、」

おれがしたかったからいいんだよ と、さして照れる様子も無く一馬は言った。…慣れって怖い。


「へたれのくせに…」
「へたれ言うな」


その時のあたしは、情緒不安定になってたのかもしれないと 後に理解した。

きっかけ が、欲しかったのかも知れない。







その日は 朝から気分が悪かった。どんどんと、後戻りが出来なくなってしまうくらいに 時間が経ってしまっているのに、まだ一馬に言えていない。言わなきゃ、言わなきゃと思うほど、先の事を考えると怖くて躊躇ってしまう。こわい、いいたくない。だけどいわなきゃいけない。


──── 気 付 か れ て し ま う 、 ま え に 。



「顔色、わるい」
「え、」

ちょい と、心配そうに指で頬を撫でられた。それに驚いて顔をあげると心配そうに眉を寄せた一馬があたしの方を見ていた。ああうん、ちょっと、でも大丈夫 と、時々言葉を噛みながらふよふよと目を泳がせた。


「体調悪いなら言えよ」
「うん、大丈夫…あー、でも、んー、」

一馬のうち帰ろ と、一馬のTシャツの袖口を掴む。久しぶりに会えて、でも屋内にいるのは辛いかもと思って公園で散歩 という選択肢にしたのは逆にまずかったのかもしれない。
ほんの数人のひとが一馬の存在に気が付いて振り返っていた。いつもだったら気にするくせに、今日はあたしの様子が(というか体調が)おかしいからかあたしを気遣うことに精一杯だ。

決して、その事実に喜んでいたわけでも、悲しんでいたわけでもない。
ただ、どうしたらいいのかわからなくて、怖くて。不安で、どうしようもなかっただけなんだ。



「周りの人も一馬に気付いてきたみたいだし、ね、戻ろ……っ!」

ぐと、倒れそうになるのを片足で踏みとどめた瞬間、大きな羽音と共に何十羽もの鳩が一斉に飛びあがった。反射的に、今自分が何に躓いたのか振り返った。


「あ、ぶな…」
、大丈夫か?」
「うん、びっくり したぁ」

自分で踏みとどまったのと同時に、一馬が咄嗟にあたしの腕を掴んでくれていた。「ごめん、ありがとう」と一馬の方を見る。「…おう」と返事をした、一馬の変な視線に気が付いて。


「…?、なに…」
「…や、お前…」

腹の調子でも悪いのか?


一馬が何を見て、思ってそう言ったのか理解するまでに一度思考が停止した。身体が、動かない。
いつの間に、あたしの中にそんな想いが芽生えてたんだろう。包むように、護るようにして、お腹に添えた自分の手が震えていた。


「悪くない…悪く、ない…っ」
…?」
「なさい…、ごめんなさい…っ!」

あたしの尋常じゃない雰囲気に気が付いたのか、一馬が真剣な声であたしの名前を何度も呼ぶ。
お願い、お願いだからあたしのこと嫌いにならないで、捨てないで と、そんなことしか言葉になって出てこない。

「一馬は悪くない、悪くないの…っ!」
「おい、…落ち着け、な、…!」
「いるの、ねぇ一馬、いるの…どうしよう…っ」

すぐにでも崩れてしまいそうなあたしの身体を、一馬が必死に支えてくれる。
ずっと、言いたくて、でも言えなくて。

「いるの、おなかに、一馬の…、」

望んでなかったわけじゃない。何度も何度も、幸せになるゆめをみてた。
「いつか」、そんな、淡い ゆめが、



「…は、お前なに、言っ、て…」

一馬の顔から表情が無くなっていくのがわかる。こんな風に、なるのが怖くて言えなかった。

おれはのぞんでない。

そう言われれば一瞬にして崩れる。




「いつ、の ときの…」
「…たぶん、」

────四月の、終わりに、したときの。だって。


「あれ しか、かんがえられない」

あたしがせがんだんだ。久しぶりだからって。馬鹿だ。


「だから一馬はわるくないの」

ごめんなさい その言葉しか出てこない。


「…、いつから、」


──── い つ か ら 、 黙 っ て た 。


低く、震えた声で言われる。顔を上げた。こぼれそうにまで溜まった涙で、一馬の顔がはっきりと見えなかった。


「産むなとか、言うと思ってたのか」
「…ちが、」
「じゃあなんで黙ってた」

そんなの、あたしにもわからない。一馬のこと、信用してないとか、愛してないとか、そんなことじゃなくて。寧ろ信頼してるから、すごく、愛してるから。でも怖くて、すごく、怖くて。


「かずま、」
「…ぜってー、言ってやんねぇからな」

ぽろり、涙の粒がこぼれてはっきりと見えた。綺麗な顔を歪ませた、そんな表情に魅せられて 鳥肌がたった。一馬の、怒った顔がこんなにも 綺麗だなんて、


「産むな なんて、お前が嫌だっつても、絶対、言ってやんねーからな!」

次の瞬間には、もう一馬の腕の中。力いっぱい抱きしめられて、耳元で、


「マジ、うれしい」


ゆ る さ れ た 、 し ゅ ん か ん 。


一馬と、お腹の中にいる一馬とあたしの 子と、一生、一緒にいることを許された瞬間。

淡く、みていたゆめがかたちとなって、かなう。
絶対幸せにする、とか、そんなありきたりなことばじゃなくて。


「しあわせに、なろう」


うん、しあわせになろう。一馬と、あたしと、


「…そんで、」


────うんと、しあわせにしてやろうな。


もうすぐかなう、淡い ゆめの、かたち。


あたしのお腹添えられた一馬の手が、とてもあたたかくて、すごく、やさしかった。




某真田誕生日企画様に投稿していたもの。未来ネタは私的に大好きなのですが、ここに訪れる方の年齢を考えたらものすごくこっぱずかしいネタです ね。ベタネタ。

20061017(20050817)   秋夢うい

こんなにも幸せだと、思えた日はない