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藤代 残酷に隠された愛情 とリンクしてます
行くなと言うのは簡単だった。けどずっと、ずっと昔から持ち続けている罪悪感がそれを赦さなくて「わかった」と言った瞬間の自分を憎んだ。ただ独り静かな車内で彼女を待つ間の時間は恐ろしいまでに長く感じられて、今すぐにでもあいつの部屋へ奪り返しに行きたかった。
寒さにか、不安にか震える喉を誤魔化そうとしてステアリングに両腕を組んで乗せ 顔を埋めたらクラクションが地下のコンクリートの駐車場内に響いた。その音に驚いて顔を上げてはまた、不安に駆られて今度はゆっくりと顔を埋めた。
数多のマイクとカメラ、まぶしすぎるくらいのフラッシュを向けられ 俺はひたすらに困っていた。ただでさえ、こういった取材の類は苦手だというのに、
ご結婚おめでとうございます、真田選手 今のお気持ちを
お子様のご予定は?プロポーズの科白は?
真田選手、ずばり、相手の女性との結婚の決め手は?
そんなもん言えるかばかやろうほっといてくれ と、目の前のカメラに向かって言ってしまえたらいいのに。
きっと、すごく、困った顔をしているに違いないと思うのにもう今更気取ることも出来ない。記者の幾人かが、チームメイトにコメントを求めているのがちらほらとみえる。ああ、ああもうやめて欲しい。俺は今日2得点もあげてのヒーローインタンビューのはずなのに。
気恥ずかしさを何とか必死に誤魔化しながら、あたりさわりのないコメントを返している中 ふと視界の端に映った戦友の一人にちらりと視線を向けた。どうやら、携帯電話で誰かと通話中のようだ。
「これからも応援おねがいします。…ありがとうございました」
ようやく、インタビューを終えて記者の群れを抜けようとしたところで 目が合う。ちょうど電話を終えたらしい。そこにすかさず、記者があいつにマイクを向けた。俺は話しかけるのを諦めて、会場を後にする。
出来ればそいつにだけは、祝いのコメントなんて求めて欲しくなかった と思いながら。
2得点もあげたことへの高揚感と、取材での疲れ、そして少しの重い気持ちを抱えて帰宅すれば、おかえり と、笑顔。嬉しくなって、ただいま という俺の顔はきっと緩んでいるに違いない。
「観てたよ、ヒーローインタビュー」
「あー、も、最悪…」
「駄目だね。一馬 インタビューだけは慣れないよね」
と、思い出したのか笑いを含んでいて楽しそうだ。うるせぇ と、照れ隠しに彼女の頭を抱いて腕の中に閉じ込める。抵抗する素振りの中、楽しそうにわらう声。そうしてしばらくじゃれ合ったあと、
「…ねえ、一馬」 「なに?」 「明後日…藤代のところに行く、ね」
空気が、重い。
行くな と、言うのはきっと簡単だった。けれどそれを邪魔する、俺の中の感情は高校時代を強く思い出させる。
あいつと同じ舞台に立って、今までの自分にないものに挑戦しようと思ったのは、きっと風祭が怪我をした事がきっかけで。
勝ちたいとか、負けたくないとか、そんなものよりもっと複雑なおもいを溜め込んで入学した武蔵森。思っていた以上に刺激の多い部活サッカーに、気持ちの余裕が持て始めた頃 あいつの遣る視線の先にいつも同じ女の子がいることにある日気がついた。
「、」
「あ、真田くん。おはよ」
決して媚びることのないその笑顔に、こころを奪われるのは時間の問題だった。そして、揺れる。
どっちが早かったとか、そんなの問題じゃないだろ。
ああそうだ、そう言って俺の背中を押してくれたのは確か水野だった。そうして笑顔を手に入れたあの日、あいつに失わせて 俺が手に入れたものはもうひとつあった。
「…一馬、」
助手席側のドアが開かれる音と、名前を呼ばれてはっとする。付随のデジタル時計に目を遣れば、を送り出して一時間近く経っていた。どうやら眠ってしまっていたらしい。
「ごめんね、おまたせ」
「いや、」
おかえり と、平然を装って何も聞けない俺はどうしようもないと思う。「帰る、か」言って車を出す。静かに、気まずい空気が流れる。
「あのね、」 「うん」 「藤代にはしあわせになってもらいたい、って おもってる」 「…ああ」
そうだな、俺もそれを願ってる。
あいつがを想っていることを知って、それでいて好きになったのは俺だ。気持ちのみえない感情をみせられて、ごめんと言った俺に「よりにもよって、それ?」と言われ向けられたあれは嫉妬でも羨望でもなかった。今の俺なら理解できた。そして、きっと言える。
「けど俺は、それ以上にのこと しあわせにするよ」
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