そのたった一言が、ずっとずっと貴方から欲しかった。 「…かえりたい」 そう、思うのはただただあたしが弱いからだ。かえったって、あたしの居場所なんかないのは理解りきってることなのに それでもそう思ってしまうのは、どうしようもない オモイ。 「また泣いてんのか」 「ないてません」 目の前に影が広がった。背中には 大きな木の幹の感触と、照る太陽の蒸し暑い気温。時々吹く風は、まだ五月の初めだからか時々肌寒い。 「…ま、俺にはカンケーねぇけど?」 「…だったら構わないでください」 余計惨めになるじゃないですか と言ったら、彼は嬉しそうに小さく笑って、あたしとは反対側の幹に背を預けていた。プシッ と、炭酸の缶ジュースを開ける音が聞こえる。 「おまえさー」 「おまえじゃありません。です」 「なまいきな、」 「あなたに名前で呼ばれる筋合いはありません」 そう強気で返すと、後ろの彼が小さくわらったのが聞こえた。 「俺も『あなた』じゃねぇよ。三上亮」 「…興味ないです」 我ながら可愛くないと思う。けど、人が一人で沈んでるところにずかずかとやって来て居座られるのは気分が悪い。そっとしておいて欲しいのに。 「ま、いーわ。お前いい加減、決着つけて来いよ」 「…、なんの事ですか」 「お前いつも口癖のようにかえりたい っつってるけどさ、それって実家(いえ)じゃねぇだろ」 「何言ってるのか理解りません。三上先輩」 腹がたった。ほんの一ヶ月前に偶然に知り合ったこの人に全部見透かされてることが。あたしが全然あのひとの事を諦めきれないのが。悔しくて、腹立たしくて。 ────でも本当は、 「もどりたいんだろ。かえりたいんだろ、」 諦めんな。 そう言う三上先輩の口調はとてもとても厳しくて、そしてとても やさしくて。 ────本当は、ただただ 彼が好きなだけ。 「椎名んとこに」 * 出会ったのは三歳の夏。ありきたりに、引っ越して来た先が翼の家の向かいだった。あたし達はあたり前のように幼馴染として十年以上も過ごして来て、高校生になって全寮制の学校に入学した翼の後を追ってあたしも当たり前の様に受験した。 その頃からあたしと翼の関係に変化が出てきて、彼氏彼女になったのは一年前。そして元の幼馴染の関係に戻ってからもう三ヶ月 経つ。 「ずるい」 自分から別れを切り出しておいて、会いたい だなんて、なんてずるいんだろう。翼を傷つけたのはあたしなのに、いつまでたってもグジグジしてるのはあたし。あたしはすごく ずるい。 「何がずるいわけ?」 三上先輩の声とは違う、少し高いこえ。今後ろに居るのが、誰だか理解してもからだが硬直して動かない。振り返れない 振り返りたくない。あたしが泣いているのを見れば、きっともっと、翼を傷つけることになる。 「 、」 小さく息を吐くのが聞こえて、名前を呼ばれる。その中に怒りを感じ取るのは難しいことじゃなかった。ずっとずっと聞きたかった。だいすきなひとの こえ。 「…確かに、そうやってずっと一人で泣くのはずるいよね」 「泣いて ない、よ」 「ああ そう。お前がそう言うんだったらそうなんだろうね」 「そ、だよ…っ」 鳥肌がたった。翼のことが好きすぎて、彼の声だけで身体や脳の全部が敏感に反応する。 触れて欲しくないのに、触れて欲しくて、触れられていないのに、触れられている錯覚さえする。 ザァ と、生ぬるい風が吹いた。葉っぱの影と、あたしの髪、翼の少し長くなった後ろ髪の影が同時に揺れた。 「…すっげ余計な事するやつが居るんだよね。毎日毎日、」 お前がココで泣いてると。 と、翼が言った。そのまま、あたしとは垂直な位置になるように、木の幹にもたれて座り込んだ。ものすごく翼を近くに感じて、胸がドキドキして あつい。 「なん、で…、」 「知らないと思ってた?見てないとでも思ってた?馬鹿言うなよ。僕はお前がうちの前に越して来たあの時からずっと、お前しか見てなかった。…見えてなかったよ」 ねえ、ずっと護られてきたの。いつも翼の後をついて回って、嫌な顔一つしないで笑顔で受け入れてくれてた翼に。それを守れなかったのはあたし。夢を目の前に掴みそうで、輝く翼があたしの傍から居なくなってしまう事実が怖くて、逃げたのも あたし。 「フられた僕が言える事じゃないけどさ、せめて三上だけはやめてくれない」 「知らない…っ」 「…嘘。ほんとずるいよ。は、」 ────逃げるな。 ぐ と肩を掴まれて、「え」と反応する前にはもう背中に草の感触。ゆらゆらと風に揺れる葉の間から覗く陽の光に自然と目が細くなる。ほんの少し顔を横にずらすと、頬にはくすぐったく、翼の髪の毛の感触と、 「翼…っ?」 「……」 名前を呼んでも返事はして貰えなくて、代わりにぎゅ と、きつくきつく抱きしめられた。抵抗することを忘れていたあたしの身体は硬直したままだ。そして愛しい 翼の匂い。 「、」 翼が顔を上げた。すぐ目の上で、翼が綺麗な顔を不満げに歪ませてあたしを見ている。ほんの少し感じる身体の重みが、想いを溢れさせる。 「つ、つば…」 「…がそれで楽になるんだったらって思って、僕は言われるままにを手放したんだ」 「え…?」 ────幼馴染に戻ろうよ、翼。 「けど、実際は俺から離れてみて、本当は離れられない って事も、俺の事が好きだ っていうのも、楽になるどころか辛くなる一方だっていうのも、嫌って程わかっただろ」 「や だ、つばさ…」 「…知らなかっただろ?と離れて一番辛いのは本当は俺だって事も、ずっとに触れたくて、抱きしめたくて、滅茶苦茶寂しい思いしてたのも、全然 知らなかっただろ…っ!」 感情的になっているのは、あたしの方よりも翼の方みたいだった。翼の想いを強くぶつけてこられて、あたしは涙が止まらない。そして翼への、 ────愛しい想いも止められない。 「…っさい、ごめん なさぃ…」 「もう離れるなんて言うなよ。俺はを手放す気なんてさらさらないし、の事を想うこの気持ちも、ずっと変わらない自信だってある」 強く、唇を塞がれて 同時に翼の唇が震えてることにも気が付いた。とろけるように甘いキスは、ずっとずっと不安に覆われていた気持ちを全部、溶かすように 強く。 「何も不安に思わなくていい。ずっとずっと、」 ────僕の傍にいるだけでいいから。 溢れた涙は、翼への強い想い。抱きしめてくれる力強い腕よりも、溶けそうなくらい甘いキスよりも、そのたった一言が、ずっとずっと貴方から欲しかった。 逃げるな。諦めるな。 三上先輩に言われた言葉が、あたしの弱い部分に突き刺さっていた。同じ事を、翼も三上先輩から言われていたことを後に知った。 もっともっと、強くなるから。逃げずにいてくれた翼に。諦めないでいてくれた翼に。 似合う女になれるように もっともっと強くなるから。 ただただ、翼のことが好きなだけ。 不安になるのも、逃げ出したくなるのも、翼のことが好きだから。怖くなって、諦めてしまいそうになることもあるけれど。ただただ、傍に居てくれるだけでいいんです。 ────ただただ、好きでいてくれる だけで。 昔、某素敵な方に差し上げたもの。なんていうか、さむい。 20061109(20050511) 秋夢うい (ガラじゃねぇって事くらい、自分でもわかってんだけどな) |