唇に触れた熱が、あたしの体温を余計にあげた。










「お腹すいた」

コタツの中に潜り込んで顔だけ出して このコタツの持ち主を見上げる。
そうしたら案の定 というか、もう慣れた っていうか、そんな感じの表情をして。驚いた顔を見せたのは本当の一瞬 だ。
そしてあたしのこの第一声は見事に無視された。


「ねぇお腹すいたー」

あたしに背を向けて、大きなスポーツバッグを漁って片す幼馴染の服を後ろからツンツンと引っ張る。すると 顔をこっちに向けることもなく、服を掴むあたしの手をぽんぽん と軽く叩いた。


「淳」
「今なんか持って来るから、」

ちょっと待ってろって と、男の子なお弁当包みをバッグの中から取り出して淳は部屋を出た。そのまま、たった今淳に叩かれた手を上にかざして見て、ぎゅ と反対の手で握って目を閉じる。淳が帰ってくるまでの間、あんなにちくちくとしていた思いが不思議と和らぐ。


「寝るなよ」

寝るなら自分の部屋帰れ と言いながら、帰って来た淳がコタツの あたしの向かい側に入った。


「おせんべ」
「今日飯食ってくんだって?」

あたしはもそもそと起き上がって 淳の持って来た、せんべいに手を伸ばしながら「食べてくよ」と言ってせんべいを口に入れる。パキ と気持ちの良い音がして、口の中に醤油の味が広がった。


「今日、二人とも出張行ってて」
「ふーん」

大変だな と言って淳もせんべいを口に入れた。二口目、醤油の味と一緒に広がったのは 胸いっぱいの安堵感。





「ごちそうさまでしたー」
「はい、お粗末さまでした」

淳のお母さんは大好き。あったかくて、優しくて。いつも仕事ばっかりのうちの母親なんかよりもずっとずっと、あたしはだいすきだ。


「洗い物 する」

あたしは食べ終わったお皿を一つに重ねて、持って行こうと立ち上がる。淳のお母さんが「ちゃんはいつも偉いわねぇ」と自分の息子に向かって嫌味を言った。淳は「はいはい」と言ってしぶしぶ立ち上がる。

一足先に台所に着いたあたしは、洗い物をシンクに入れて 一緒に洗ってやろうと淳のお皿を待つ。


「今日だけサービスね」

淳の持って来たお皿を受け取って、あたしは腕まくりして きゅ と音を立てて水を出す。スポンジを取ろうとして、ほんの一瞬目の前が真っ暗になって、その次の瞬間には額に冷たい感触。


「かーさん!」

こいつ熱ある と少し大きく言ったのは淳。額に感じる冷たい感触も淳の 手。
背後から急に額に手を当てられていたので、そのままあたしは きゅ ともう一度音を立てて今度は水を止める。そして振り返るのと同時に淳の手も離れた。


「本当。風邪かしら」

大丈夫? と、後からやってきた淳のお母さんにも、心配そうに額に手を当てられた。あたしは「すこししんどい」と返す。


「今日、泊まって行きなさいね」

お布団、用意しなきゃね と淳のお母さんが台所を出て行こうとした。それを手伝おうと、一緒に出て行こうとする淳の服を あたしは掴む。


?」
「淳の部屋でねる」

淳が小さく え と言うのが聞こえた。淳のお母さんはそれにさほど驚く様子も無く、

「じゃあ淳、自分の部屋にお布団 持って行きなさいね」

とそう言って、

「ベッドはちゃんよ」

とさらにそう付け足して 言った。





「何考えてんだよ も、かーさんも、」

淳は今晩、自分が寝るための予備の布団を部屋に持って来て、すでに淳のベッドにもぐり込んでいるあたしに体温計と、市販の風邪薬と水を持って来た。あたしは受け取った薬をぐび と飲んで、体温計をわきの下にはさむ。


「おばさん、あたしにお嫁に来て欲しいって、」

今日昼間言ってたよ とあたしは薬を飲むために起こしていた身体をまた横にしながら言う。淳は呆れたような顔をして 同時に諦めたような顔もしてため息をつきながら 言った。


「知ってる」

てゆーかもう、昔っから耳にタコだよ と淳はあたしの寝ているベッドの傍にしゃがみ込んで、ベッドに肘を付いてあたしの方を見て言った。


「…で、何があったんだよ」
「…なにが」
「気付かないとでも思った?」

それとも俺から言って欲しくてそんな態度とってんの? と、淳は言う。言っている内容はキツくても、声色はいつも以上に優しい。その時、ピピ ピピ と、体温計が計測終了を知らせる音を鳴らした。あたしは体温計を取って見、ん と言って淳に渡す。


「7度8分 か、」

思ったより高いな と淳は心配そうにあたしの額に触れた。これで今日は二度目だ。その冷たい感触が心地よくて、あたしは目をつむる。


「淳は、あたしの幼馴染?」
「は?」

「ねぇ、幼馴染…?」

目を開けて あたしはもそっと布団から手を出して、頬杖するのにつかれた側の腕の服をつんつん引っ張る。考える事と、淳の答えが一緒だったらどうしよう そう思うのと、きっとこれは熱の 所為。一瞬 淳が困ったような表情をして、すぐに怪訝な表情に変わる。


「誰になに言われたんだよ」

淳が体温計をケースに戻しながら言った。ちょっと拗ねているような感じの声だ。


「…若菜くんに告白された、」
「…いつ」

「いつかまえ」

淳が一瞬固まったのがなんとなくわかった。言ってしまえば楽 なんてよく言ったものだ。あれだけ自分の中に溜め込んでおいて、それを吐き出した途端に涙まで一緒に出てきた。


「なんで泣く」
「うっ、え だって…」
「若菜に告白されたのと、幼馴染、」

何の関係があんだよ と、淳は少し怒っているような感じだった。

「あつっ、あつし…」
「…どうせフったんだろ?それなのになんでお前の方が泣くんだよ」
「淳は、いつまで幼馴染…?」
「…は?」



「なんで?上原とは付き合ってないんだろ?」

────俺じゃ駄目?

「そう…、だけど…」
「それとも、上原のこと すきなの?」

若菜くんの台詞だ。誠意を持って告白をしてくれた人に、淳を言い訳に断る事なんか しない。でも好きかそうじゃないのか って聞かれたら すき だ。迷わず答えられる。ただそれが、恋愛対象としての 好き なのかは、考えてもちゃんと答えられない。

「でもね 若菜、くん…」
「なんで。幼馴染なんて、」



「永遠の関係じゃないじゃん って」

そう言われた とあたしはぼそぼそと話す。泣いた事でだるい身体に更に拍車をかけたみたいだ。
頭がぼーっとして、ものすごく淋しい気分におそわれる。


「…は一生俺の幼馴染で居たいのかよ?」
「だ、だめなの…?」

すこしおさまった涙が、また浮かんでくる。言えなくて、聞きたくて。一番怖かったのは、拒否されること。離れていくこと。


「あーもう、全然駄目」
「あ、あつし…っ」
「こんな、わけわかんないことで一人落ち込むし、ホントは家でいつも独りなのが嫌で俺んとこ来るのも、俺と居る時が一番安心してる事 も、全部わかってやれんの、」

俺しかいないじゃん と淳はわらって言った。


「なぁ、知ってる?」
「え…?」

「幼馴染ってさ、一番進化しやすい関係 って」

淳が意味深にわらって言った。高校生になってなお、まだ幼さの残る表情を見せてすぐ、何年も見てきてるはずなのにドキッ とするほど男らしさもみせてくれる。


「止まる気も、後退する気もないよ俺」
「よ、くわかんないよ淳…?」

本当はわかってるはずなのに あたしは上手く考えられない。ふわふわ と、浮いている感じ。


「少なくとも俺は、幼馴染なんかじゃ満足しない」

てゆか出来ない と言って淳は、もう三度目になる。あたしの額に触れてきた。


「いいんじゃないの、かーさんの願い、叶えてやるってゆーのも」

俺って親孝行だよなー と淳は笑った。


「淳ぃ…」

ひんやりとした、心地良い淳の手の感触と 安堵感、ついでの熱で頭がぼーっとしてきた。自分でも驚くほどの、あまえたこえ。淳が何か言った。でももう、あたしの耳には何も入ってこない。目も閉じて、感覚に 酔う。



唇に触れた熱が、あたしの体温を余計にあげた。




この話も何を伝えたかったのかさっぱり(ぇ)ネタ的には王道ですが。結人が出てきたのは愛ですよ愛

20061106(20050223)   秋夢うい

熱にうかされた、ゆめの中はとてもあたたかい、