「すきだ」とまっすぐな目で言われてぐ と言葉に詰まった。男友達の中では群を抜いて一番仲が良くて、ずっと付き合っていけたらいい と、心から思っていた矢先のことだった。確かに、わたしだって彼のことは好きだけれど 彼の、わたしに向けるような感情をわたしは彼に対して持ち合わせていなかった。 「うえは…、」 名前を呼ぼうとして、その隙に詰められた距離を拒否することが出来なかった。目を閉じる余裕もなくて 今は閉じられている、意志の強い彼の目をじっと見つめていた。彼のあたたかい唇が離れて、開かれた目に視線がぶつかった。この空気と距離に耐えられなくて今度はわたしがぎゅうと目を瞑ったら、再度唇が触れてきた。なにもかもを求めてくるような、やさしくてあついキスを、わたしは拒む術を持っていなくてただひたすらに、彼のきもちをを受け入れていた。 「わたし も、」 グラウンドの隅の、日陰に座って彼らの練習を見るのが 日課になっていた。初めのうちの一ヶ月は、どうにも馴染めなくてぎくしゃくとした関係が続いた。もしかしてこのまま、あっという間に終わってしまうではないか、でもそれでもいいと思っていた。そうならずに今も、いわゆるカレカノの関係で在るのはひとえに彼の熱意だ と言う以外に他がない。二ヶ月も過ぎるころには、ようやく落ち着いて、わたしも自然と彼を受け入れることが出来るようになっていて、言うところの男女関係にもなっていた。 「、今日早く帰れそうだから」 アイスでも買っておれんちいこーぜ と、わたしの傍まで来て彼は笑顔で言った。「じゃ、上原のおごりね」と、わたしもわらって答えて、んじゃもうちょっと待っててな と言って上原は冷やかしの中へと戻っていった。やさしい、たいせつにしてくれる。彼の、わたしへの愛情は図りきれないほど大きくて時々泣きそうになる。だってそんな彼に、わたしは、 よく焼けた、腕と指を絡めて歩いた。ふたりでお気に入りのカキ氷をひとつ買って、店の前でふたりで食べた。上原の家は、おじさんが単身赴任中で、おばさんは夕方から遅くまで夜事務のパートに出ていてほとんど会ったことがない。 なんかシャツ取って と言われて、彼のタンスを開けて 薄いピンクに、袖と首周りが黒で縁取られたボタン付きのTシャツを選んで彼に渡した。 彼がシャワーを浴びている十数分の間、置きっぱなしにしていた本を少し読み進めた。純粋とも言える、その恋愛小説はハッピーエンドで終わらない事をわたしは知っている。どれだけ一緒にいても、互いの気持ちにズレがあればどうあがいても「いつか」はやってくる。(まるで、わたしたちの結末のようだ と漠然とそんな考えが頭をよぎった)終盤、別れを告げる彼女のシーンの前に シャワーを終えた上原が戻ってきた。 「あっつ、」 「すごい日焼け」 「すごい ていうか、」 恥ずかしい日焼けだよなあ と、わたしが選んだシャツを着ずに(まあ暑いからだろうけど)上半身はだかの、部屋着のハーフパンツ姿の上原の体は練習焼けが激しかった。腕と足だけがやたら焼けていて、他は白くて笑えた。肩に掛けられていたタオルを上原は床に落としてそのまま、わたしに近づいてきて指にわたしの髪を絡めた。肩を片方掴まれてそのままぐ と後ろに倒された(ああしまったベッドに座ってたのがまずかった)。 「疲れてない の、」 「だって今日早かったしさ」 「あ、そっか」 「なんてゆーか、疲れてる時のほうが」 元気だったりするけど と、わらって言って鼻の横、耳の裏、首筋にひとつずつキスを落とされて最後に唇にくる。激しいとも言えるそれを受け入れながら、両手をまわした彼の背中は お風呂あがりの所為かひどく熱かった。その熱にあてられてそこでわたしの思考回路はすぐに寸断される。 上原の優しさも、強い想いも、全部受け入れてわたしは 彼の傍にいる。彼のわたしへの、痛いくらいの愛情を 何一つ、返せずにいるのに。 *** 「…、」 長かった、夏休みももう後一週間を切っていた。上原の練習に付き合ってわたしは、ほぼ毎日暑い日中を学校の図書室で過ごしていた(ここだと涼しいしグラウンドも見えるし)。そこから、サッカー部が練習を切り上げ 片付けを始めたのをみて図書室を後にする。夏休みとは言っても、補習やら部活やらで、校舎の中は意外と生徒が多い。 ぎゃあぎゃあと、楽しそうに騒ぐ上級生の輪の横を通りすぎてすぐだった。名前を呼ばれて、振り返った。 「さく、」 上原が、優しいように。彼もまた優しいことを、わたしは知っている。「あのさ」と、ためらいがちに出された言葉は ひどく哀しく聞こえた。彼は知っている。わたしが、上原に言いたかった言葉を。ずっと隠し持っている言葉を、彼はわたしの代わりにずっと持っていてくれている。 「の、気持ちが変わればと思ってずっと黙ってたけど」 「…うん」 「…俺は、上原の友達だから、」 「わかってる、よ」 「上原のこと 好きじゃないなら、」 別れてやって と、言われる言葉が先にわかって目を瞑った。彼の、優しい言葉がからだじゅうをめぐる。わたしはずっと、上原のことを好きではなかったことを 誰よりも先に見抜いていた。拒めなかった責任だと、思って傍にいた。「わたし も、」あのときの言葉は、 「うえ、はら…っ」 夕日で橙色に染まっていた、やさしいさくの表情が一変した。わたしを通り越して、つながる視線の先に彼がいる。なぜか怖いとか、罪悪感とか、色んなものがもっと この瞬間に押し寄せてくるんじゃないか思っていたあの想像は正反対だった。「じゃあね、さく」と、動揺でいっぱいのさくに心配しないで と声を掛けて振り返る。橙色を逆光に、彼の表情は良くは見えなかった。哀しそうに、でも力強く微笑っているんだというのは伝わってきた。 「うえはら」 「練習終わった、着替えてくるから」 校門のトコで待っててな と、いつもと変わらない調子で彼はわたしにそう告げて 足早に更衣室へと向かって言った。さくは、悩んだ挙句上原のところへ向かおうとしたので、「いかなくていい」と、わたしは引き止めた。彼が罪悪感を感じる必要はない。わたしにも上原にも、フォローを入れる必要もまったくない。わたしは最後に言った。さくは当たり前の ことを、言っただけなのだと。 いつも二人で帰る道を、今日も変わらず二人で歩いていた。変わらない会話、変わらないえがお、変わらない、 「ほんとはしってた」 となりに並んで歩いていた、上原が一歩前を歩いて行って言った。もう陽は沈みかけていて、ほんのすこしだけ冷えた風がわたしの髪をかき乱した。うえはら と、意を決して呼んだ名前はしつこく鳴き続ける蜩のこえにかき消されて。 「はじめから俺のこと、」 すきじゃなかったのはちゃんとわかってた と、顔を少しだけ、横に向けてしっかりとわたしに声が届くように。なにもいえないわたしに、上原は「まぁ、強引なことした俺が悪いんだけどさ」と、苦笑交じりに続けた。 「変に自信だけはあったんだけどな」 俺のことすきになってもらう自信と、すきにさせる自信。馬鹿だろ、 と、いつものこの時間この場所、優しくわたしの手に絡まっているはずの彼の手が、ぎゅ と悔しそうに力強く握り締められていた。ひどいことをした、わたし。ただ、拒めなかったという理由だけで、こんなにも好きでいて大切にしてくれたこのひとを、わたしはひどく傷つけた。 そして、これからわたしは、このひとを失うんだと 初めて、 「ごめんな、いままで」 言葉が何ひとつ出てこない。上原は悪くないんだと、必死に伝えようとただひたすらに首を横に振った。うつむいて、あかく染まった地面を見たらとうとう涙が出てきて、彼のほうを見ることすら出来なくなった。彼を傷つけたことへの罪悪感、彼を傷つけた自分への嫌悪感、いろんな感情が一気に押し寄せてきてわたしはかなしくて、そして、 「…別れよ、な」 消え入りそうな、小さな小さな彼の声に わたしは初めて、気がついた。ほんとうは、もっと前から、気がついていたはずなのに。 やさしい、一番にわたしのことを考えてくれるひと。なによりもかけがえがなくて、だれよりもいとしい。 ああ わたしは、いつからこんなに、 言いたい言葉も、伝えなきゃいけない想いも、なにも言えない。わたしはまた、彼の言うことをただ受け入れるだけしか、出来ない。それ以外何一つ、わたしには権利がない。最初から最後まで、そうすることしかどうして、できないの。 「…泣いてくれるくらいには、」 俺のことすきだった? そんな言葉を言わせてわたしは、どれだけひどい女なんだろう。「ごめんな、ありがとな」そう言って、顔を上げることが出来ないままのわたしの頭に優しく触れてきて。鳥肌が立つほど、やさしいその手つきに 最後の感情で体中がいっぱいになった。 こんなになって、初めて気がついた。いつそうなったかもわからないほど自然に、いつのまにか彼のことを好きになっていたという事実。 ──── 知らなかった。 「うぇ、はら…っ」 知らなかった。彼を失うことが、こんなにも怖いだなんて。 知らなかった。わたしがこんなにも、上原のことを、 「すき…」 うまく出なかった、ちいさなわたしの言葉に反応して 上原の手の動きが止まった。 「上原のこと、すき」 はじめから、彼の 有無をも言わさない強引さも、心地いい感情の波も、しがみつく様に触れたときの 彼の熱い背中も、罪悪感を感じてしまうほどの、やさしさも。わたしのついた、あんな大きなうそを覆してしまうくらいの愛情も。 ぜんぶぜんぶ、だいすきなんだ。 「うそ だろ、」 「・・・っ」 搾り出すような彼の問いかけに、嘘じゃないよ と、はっきり言いたいのに言えなくてわたしは、必死に首を横に振った。「…っ」と、小さく名前を呼ばれて顔を上げると目の前に泣きそうな上原の顔が近づいてきていて、驚いて声を上げる暇もなく彼からのキスを受け止めた。乱暴ともいえる激しいキスに、ここが往来の場所だということも思い出せずに、初めてこころの底から彼を受け入れることが出来た気がしていた。 ようやくキスから解放されて久しぶりに彼の顔を見れた。少し潤んだ瞳を隠すようにぎゅうと硬くまぶたを閉じて、そのままコツンとわたしの額と自分の額とを合わせてきた。 「・・・よかった、」 やっと出てきた、彼の安堵の言葉。「ごめんなさい」と、言ってわたしは再度喉を詰まらせた。 「勝ち目のない、賭けかと思ってた」 わたしの性格上、強引に迫れば拒めないことを 知っていてはじめからそれ狙っていたこと。わたしが体を許した時点で、好きになってもらえたんじゃないか と安心していたこと。けれど日を重ねるたびに、不安は大きくなって自信をなくしていっていたこと。今言った、別れよう の一言にわたしの本音を引き出す最後の賭けをしていたこと。 そんな ずるいことばっかしてて、ごめん と、上原は全部を話してくれた。 ほんとうにずるいのは、わたしなんだ と、つないだ手を ぎゅうと握って言って見た、上原の微笑った表情に胸が詰まる。 「すきだ」と、まっすぐな目で言われたあの瞬間から こうなるとこが決まっていたかのように、 これから俺に、返していってくれたらいいから と、何もかも彼の狙い通りになっていたことにゾクリとして。 |
彼の賭けは、まさに全身全霊だった。 わたしはその賭けにまんまと負けて。返しても返しきれないほどの想いと愛情を抱きしめて彼の腕の中で眠れることの幸せを、ずっと感じていられますようにと こころの底から願っていた。 |