うえはらあつし という人間は、とてもひどいおとこなのだと 瞬間わたしのこころがそう叫んだ。


無邪気にボールを追いかける姿が好きだった。チームメイトと馬鹿やって騒いでる姿が好きだった。時折見せる、悔しそうな顔や真剣な目がとても好きだった。これだけ何かひとつのことに熱中出来るのはすごくうらやましいことだと、羨望の気持ちを持たせてくれるところすら好きだった。

「今日もアツい視線をありがとう」

ふと 携帯に意識をとらわれてる隙に、グラウンドの彼の姿を見失ったと思った瞬間背後からの声。身体を捻って振り向くのは面倒臭くて、ぐっと後ろに身体を反らせてすぐ上を見た。座っている石階段は、もう大分暑くなってきた気温に熱を持ち始めていた。声の主はわたしよりも数段上に立って 悔しいくらいの笑顔で両の手をジャージのポケットに入れて、少し身体を前に屈めてわたしの顔を覗きこむようにしていた。

「なんの、ことー」
「いやー、あんなに見つめられたら俺、」

穴開いちゃうからさ と、笑って言ったのを この苦しい体勢でしばらく眺めたあとわたしは身体を戻して手の中で開いて持っていた携帯を ばちん と閉めた。「おめでたい脳みそしてんね」と、手のひらにかいた汗を ぐいと履いていた黒のハイソックスでぬぐった。「練習は」「今日もう終わり」「ふーん」大した意味も持たないようなやる気のない会話を幾つかして、見つめていたグラウンドの先の向こう側に見知った人物を見つけてわたしはため息をつく。

「ね、もう行ったら?」
「なんで」

「向こう側でダイジなカノジョが探してるよ」

こんなとこ見られて変に誤解されてもヤだしさ と、向こう側に見つけた、上原の幼馴染でもありカノジョでもある女の子の方をこっそりと指さした。「あー…」と、上原は苦笑した。彼を探しているのだろう、キョロキョロと選手達の輪の中を見て回っている。(よかった、向こうからなら木の影で見えにくいな)と考えてわたしは ハァ とため息をついた。

「…、行かないの?」
「もー行くよ」
「じゃあ早く行きなよ」
「…行くけど、」

俺が行っても泣くなよ なにそれわけわかんないよ 会話は尻切れのまま、上原は急ぐ素振りも見せずゆっくりと歩いて離れて行く。泣くはずなんてない。たとえわたしが上原の事が好きで決して叶わぬ思いだとしても、泣いたりなんてしない。
わたしが上原のことをそういう対象として見始めたときには、もうすでにカノジョは彼の隣にいた。それこそわたしの知らない小さな小さな頃から、ずっと彼の傍にいてわたしの知らない彼をたくさん見てきて たくさんの思い出を共有しているのだ。


+++


ばたばた と、学校全体でお揃いの淡いオレンジ色のカーテンが音を立てて揺れていた。そんな強い風に乗って 外の騒がしい声が音となって流れてくる。誰もいなくなった放課後の教室で、机にひじを突いてシャーペンをくるくると回して暇を持て余していた。すぐ戻ると言って日誌を取りに行くための、職員室までの短い道のりを彼は随分と遠回りしていたようだ。

「たいくつそー」
「誰のせい、よ」
「やー、途中桜庭につかまってさ」

ごめんって と、まったく悪いとも思ってなさそうな笑顔で、安い皮製の日誌を脇に抱えて戻って来た上原は言葉だけの謝罪を口にした。「待ちくたびれた」とひとつ、嫌味にもならない嫌味を言って日誌を受け取って開けた。ぱらぱらとページをめくれば、日によって書かれ方はまちまちで、赤いペンで書かれた 担任の淡々としたコメントだけが変わらず毎日付けられていた。

「今日休みいたっけ」
「ニシいなくなかった?」
「西広くんは二時間目終わったあと早退だよ」
「ああ、俺三時間目から来たからか」

遅刻者 上原 と、敢えて大きい文字で備考欄に書いてみせた。ああやべえ、今月あと一回でバツ掃除だ と、指折り遅刻の数を数えていた上原が言った。「…毎月掃除してるじゃん」と言えば、「よくご存知で」と憎らしい笑顔で返される。

「日誌書いて黒板綺麗にするだけだしさ、先帰っていいよ」
「いいよ別に、付き合う」

「別にいいって。カノジョのとこいけば?」

ああしまった、これじゃあ単なる嫉妬だ と、思ってももう遅かった。すぐに何か返してくると思った、上原はわたしの座る席の隣の机に浅く腰をかけて両の手をポケットに入れた、そんな体勢のままなにもしゃべらなくなってしまう。ばたばた ばたばた カーテンと外の音と、変に力が入ってポキポキと折れるわたしのシャーペンの音だけがこの時間を流していく。

「…見える?」
「…え?」

しばらくの沈黙が続いて、そろそろきまずくなって来た頃、めずらしく聞き取りにくい声で上原が何か言った。反射で隣の上原を見上げてもう一度 と目で訴える。

「俺ら、仲いい恋人同士に見える?」
「…何言ってんの?もうずっと付き合ってるんでしょ。そうじゃないの?」

「ふーん、そか」

意味深に、そう言って上原はまた黙り込んだ。上原に幼馴染兼カノジョがいると知ったのは、もう半年以上も前だ。その頃すでに一年以上もつきあっているのだと 人づてにそう聞いた。わたしがこっそり部活を覗き見しているときも、よくカノジョの姿を見かけたし 一緒にいる事が多いのも 知ってる。口にして言ったことはないけれど、上原はわたしが 上原を好きなことを知っているのだ。わかっていて、わたしの傍に来てみたり、ちょっかいをかけてみたり、そうして時々ひどくわたしを困らせるのだ。

「もう、別れようかと思って」
「…は、」

のこと好きだから」

いつものように、憎らしいくらいの笑顔はなかった。瞬間、言われたことの意味が理解できなくてしばらくは 上原のその真剣な目から目が離せなかった。すっと、一度視線を落としてから ゆっくりと日誌に視線を戻して震える手で、続きを書こうとしても何を書けばよかったのか忘れてしまってすぐに止まってしまう。

「…な、に、言って」

からかうにもほどほどにしてよね と、この隠しきれない動揺を半分怒りに変えて。本気だって言ったら? ふざけないで ふざけてなんかないって 強がって言葉を返せば返すほど、追い込まれていく気がしてならない。

「カノジョと別れたい理由を、わたしのせいにしない で」

泣きそうになって、少し大きな声で言った直後 上原の腰掛けていた机が大きな音を立てて動いた。それに驚いて顔を上げたら横から上原の顔が被さって来て唇を押し付けられた。上原の、お気に入りだという甘い香水がわたしの鼻を掠めて手にあったシャーペンは音を立てて床を転がり、その空いた手で強く上原の胸を押した。

「な、にす…!」

押した、手首を掴まれて一度離れた唇は顔の角度を変えて再度押し付けられた。口をあけろ とでも伝えたげな上原の唇に、わたしはぐっと唇を引き結んで抵抗する。

、」
「ずるい、うえはらはずるいよ、」

散々期待させて裏切って、手を伸ばせばすぐ掴めてしまいそうなギリギリの距離でずっと、わたしの気持ちを焦らし続けてきたくせに本気で抵抗なんて出来ないことを知っているくせに、どうして今更こんな風にわたしを困らせるの。たとえカノジョとわたしの間で揺れ苦しんでるのだとしても、それはわたしのせいなんかじゃない。

うえはらあつしという人間は、とてもひどいおとこで くるおしいくらい愛しいおとこなのだと、わたしのこころが泣き叫ぶ。そんな、簡単に別れられるわけないくせに、ぎゅう と眉を寄せて抑えられなくなった感情をあらわして、必死にわたしを求めてくるそんな彼のあたまを掻き抱いたことは、わたしと上原と、ばたばた と唸り続けるこの淡い オレンジ色の、






スクールカーテンの秘密
ほんとうはもうずっと、彼のことが欲しくてたまらなかった




アイラブ飛鳥さん への御礼品!
身動きとれないあっくんが書きたかったの。続き書くか←
それにしてもなんて報われない(笑)
20080618 秋夢うい