|
熱気が、すごかった。約5年振りに会った元クラスメイト達は、各々成長を遂げていて中には面影さえ感じられない人までいた。葉書、メール、電話。数人の幹事が必死になって声を掛け回り実現した今回のこの同窓会は、クラスのほぼ9割が集るという大規模なものになった。参加出来なかったのは、海外留学中の子一人と、所在がまったくつかめなかった二人と、泣く泣く都合で不参加となった二人のたった五人だった。 「よーすけくんのーちょっと良いとこ見てみたい!」お決まりの一気コールが手拍子と共に湧きあがって、崎谷くんがジョッキを片手に立ち上がって一気飲み。空になったジョッキを高々に掲げ、歓声はさらに大きくなる。「やめなよー」「ヤバイってぇ」と女子数人が心配の声を上げるが、皆の勢いは止まらない。 「あつしくんの〜ちょっといいトコ見てみたい〜」 ふと、聞き慣れた名前が上がって、視線を遣った。彼は少し赤い顔をしていて、酎ハイのグラスを掲げてコールと共に飲み始めた。少し、背が伸びたかもしれない、短かった髪も伸びた。あんな風にお酒が飲めるようになった彼 を、わたしは知らない。馬鹿みたいに盛り上がるわたしたちの間を縫うようにして、慣れた仕草で真顔の店員が空のグラスを下げては新しいお酒を持って来る。「ウーロン茶ひとつ」そんな中 店員を捕まえて、一言そう告げる。空になりかけのカシスオレンジのグラスを回せば、少しアルコールの効いた頭の中の記憶もぐるぐると回りだす。 *** 「この写真、だれ?」 先月の、文化祭のときの写真を広げていた彼が言った。わたしはベッドに横になったまま 視線だけを彼の方に向けて「どれ?」と聞き返した。それとは反対に、机の上にちりばめられた他の写真からは目を離さず、質問の写真の一角をつまむようにして わたしの方へと向けていた。遠目に、少し目を細めて写真を確認して「ああ、」と小さく声を漏らしてわたしは手に持っていた携帯電話に視線を戻した。 「カレシ」 文化祭の雰囲気でテンションが上がっていた写真の中のわたしは、一緒に写っている男と満面の笑顔で手を繋いでいた。そうだ、しかもその写真を撮った瞬間から付き合うことになってなんとか今も現在進行形。「ふーん、」と、めずらしく不満そうな相槌をうたれたことに少し驚いて もう一度視線を戻した。 「何かご不満でも?」 「不満通り越して、怖いんだけど」 「は?」 「今カノの元カレ」 ピッ と彼の手から写真が飛ばされて 窓に当たって伏せて落ちた。その写真の裏にはばっちり、わたしの名前とカレの名前、そして記念日と記して日付まで添えてある。ああ、最悪だ。 「てか。なんで元カレの顔なんか知ってんの」 「まだプリクラ帳に残ってた」 「さいあく、まだ1回しかヤってない」 「勝った 俺3回」 そう言って彼は自分の携帯電話に手を伸ばした。わたしは、絵文字をたんまりと使った、そんな 今にも送信しかけていたメールの本文を クリアを長押しして一瞬にして削除した。「ごめん、別れよ。」新たに作られた文面は、一切の感情の色もなく、簡素でいてそれでも伝えたいことは総て伝わっただろう。数分後、鳴り止まない 彼とわたし、二つの携帯電話の着信音は コンマ何秒ずれただけの同じ、曲だった。 *** 「二次会行くヤツー!」 この先のカラオケ予約入れてあるしー!と首まで赤く酔った幹事の一人が枯れかけた声で叫んだ。もうすでにそんな声で、歌えるのか と思ってわたしは苦笑した。二次会ともなると、流石に人数はおおかた減るようだ。ほぼ男性陣だけが盛り上がる中、女性陣がちらほらと解散していくのに便乗しようと「わたしも帰るね」と誰にとではなく言って、二次会組の子らに笑って手を振った。 「うっそ上原も帰んのかよー!」 つまんねぇよ! と、数人の男子が大きな声を出して、思わず足を止めて振り返るとすぐ後ろには彼がいて驚く。バチ と視線がかち合ってすぐ、「いやほら、コイツ送ってかないとおふくろがウルセーからさ!」「ああ、上原とって幼馴染だっけ」「そぉ、つーわけでまた今度なー」「ばーっか今度っていつだよ!」と、目の前でそんな会話がされているのをぼーっと眺めていた。 「行こうぜ」と、言って歩き出した彼の背中を追いかけて歩く。 「行きたくなかったの?」 「はー?」 「二次会、」 「…まー、うん、そーいうことにしといて」 歯切れの悪い返事が返ってきて、わたしは訝しんだ。 彼と最後に話をしたのは、いつだっただろうか。なんとなく、離れていってしまったような気がする。 背、伸びたなあ とか、髪伸びたなあ とか、そんな表現でしか心の中に言葉は浮かび上がってこなくてそれがまた、わたしと彼がずっと離れていた証拠なのだと実感した。 「あーーー!」 「…っ!な、に、」 未だ、数歩前を歩く彼が、急に立ち止まり大きな声を出したことに驚いてわたしも足を止める。くる と、彼は勢いよく振り返って酒によって少し染められた自分の両頬をばちん と叩いていた。「なにしてんの」「ん、気合!」そんな理由の判らない返しにわたしは戸惑った。 「おまえ送ってかなきゃ、ってのはただのたてまえで。…ほんとうは話がしたい」 「は、なし って…?」 ここじゃなんだから、こっち。 ぐっと、手首を掴まれて引かれて わたしはまた彼の背中を見つめて歩く。掴む、彼の手はひどく熱い。少し歩いて 連れられた場所は市営の公園で、駅からはだいぶ離れた住宅街の中ほどにあって人影もない。そうしてやっと手を放されて熱が引き、あたりにひっそりとした闇だけが残る。 公園に備え付けられた、塗装が所々剥がれた象をかたどった置物に彼は腰を掛けて 大きく息を吐いた。 高校生になった ある日、わたしと淳は慰め合うことを覚えた。 まだまだ子供だったわたし達は、お互いの寂しさをどう埋め合えばいいのかわからず、でもそこまで子供でもなかったので行き着いた先がそこだった。お互い初めてじゃない、けど二人での初めて。 誰もいない、でも甘えたい。それ以来、そんなとき、何度も、何度も。 なんて惨めな行為だろう と、そんなこと微塵にも思わずに。 子供のころからなんとなく、なんとなくだけどずっとおまえと一緒にいるもんだと思ってた 淳はそう言って、わたしはなんだか何も言えずにいて。 「最終的に、どうしたい とか、こうなる とかそんな考えもなかったけど」 「…意味が、わからないよ。…淳?」 「他に彼女作っても、ふとした時とか、その…してる時とか、ついおまえと比べるようになってた事に気がついてさ」 それまで淳のことを、好きだとか愛してるだとか、そんな型に嵌めて想ったことはなかった。 ただほんとうに、小さい頃から一緒にいて、それが当たり前だと思っていたからお互い別に恋人が出来てもそれとは別にまた、お互いに大切な存在だったように思う。 身体の関係を持った後は、どの人と付き合ってもどうしても淳と比べてしまってでも、それに気がついたところで今更どうにも出来なくて。 大人になって、傷ついて、そして、離 れ た 。 「…遅い、」 「え?」 「気がつくのが、遅い」 て、言ってるの と、涙が出てきた。 動けなくなった距離の中で、ずっと淳と正反対の人と付き合ってきた。でもそれが余計に彼の存在を強くさせる結果になっていくのに。 淳のことを好きだと理解してからは、ずっと一人だった。誰にも言えなくて、会いにも行けなくて。今日の同窓会だって、淳が来るかもしれないと 来ると知ってからは心は落ち着かなくてずっと揺れていた。淳のぬくもりを思い出して、でも忘れて、焦がれて 焦がれて、 「俺、おまえのこと好きだって、…言っていいの?」 伸ばされた指先はひどく冷たくて、抱きしめられた身体はひどく熱い。頬を掠める風は心地良くて、早くなった心臓の音はゆっくりとリンクしていく。望んでいたわけじゃなかったけど、でもほんとうは ずっと欲しかった。 |