いつか、きっとそんな日が来るだろうというのは それこそもう何年も前から危惧していたことで、たいして驚きはしなかった。無数のフラッシュを浴びながら、堂々とした態度で記者に囲まれるあいつの姿はとても頼もしく、突っ込んだ質問を投げかける記者に時折困った表情をするのは見ていて少し笑えた。ぽつぽつと見学を決め込んでいたおれたちの何人かにも、マイクを向けられてありきたりの質問にありきたりの言葉を幾つか並べて答えた。

落ち着かない。自分で出演したCMの携帯電話の スライドをカチカチと繰り返し、落ち着かないおれの指先はリダイヤル履歴から簡単に名前を見つけ出して迷うことなく発信ボタンを押していた。「はい、」と、こころを掻き乱されるような欲し望んだ声に、口許が緩む。

「…中継、観てる?」 『うん、観てるよ』 「っそ。かっこいーじゃん、」

『…あの困った顔が?』

とてもヒーローインタビュー受けてる選手には見えないけど と、電話の向こうで笑っているのがわかって、それでもうれしいくせに と言えば まあね と幸せそうな言葉が返ってきておれは苦笑する。悔しいなんて感情は、もう何年も昔に棄ててきた。

「あさってさ、時間ある?」 『明後日?』

「おれんち、来てくれない?」

もちろんあいつには内緒で と、言ってしばらく沈黙が続く。おれが言っていることの意味を、汲み取れないような馬鹿な女ではなくて、わかった と小さく返事をするこいつは馬鹿な女だとも思う。「・・・知らないよ?どうなっても」 と、未だ落ち着かない指は、通話中の携帯電話の背をもトントンと叩く。言ってもう、後悔してるなんて馬鹿らしい。

『…どうにかしたいの?』 「わかってて聞く?それ」

冷静な言葉とは裏腹に、携帯の背を叩く指は動きを止めてぎゅうと握り締める方へと力がいった。どうにかしたいというのなら、どうにかしたい。でも どうにか出来るものなら、とっくにもうどうにかしている。

『いいよ、行くよ』 「馬鹿じゃないの」 『それはお互いさまでしょ』

彼女は昔からそうだった。馬鹿な振りをして、鮮やかにおれをかわして行く。彼女の気持ちがおれに向くことはないのだ と、残酷に理解させられたときの様に。



久しぶりに会った彼女は、以前よりも痩せて、強く大人の女を思わせた。荒れたところなどひとつもないまっ白な肌も、緩やかに巻かれたながい髪 も、全部あいつの為なのだと思うと渇いた笑いが漏れた。


「なんか、入ってるかもよ、」

毒とか。口軽く言ったつもりが思ったより重くなってしまった。マグに口をつけたまま彼女の手は止まり、決して長いとは言えないその小さな指に嵌められた、真新しいリングが目に付いた。


「牽制、のつもり?」 「なにが?」 「…それ、」 「…ああ」

おれの視線の先に気がついて、「そうかもね」 マグを支えていた左手を離し、ぎゅ と手を握りそう言って彼女は嫌味なくわらう。…そういえば、「何百万したって、テレビで見たけど本当?」 「あはは!まっさか!」 「へえ?」
 

「分相応っての、あるよ、少しは」 「おれだったら、」 「ん?」

全財産、つぎ込んだっていいよ。それでも、足りない。
本気でそう、思う。全財産、つぎ込んだって彼女を手に入れられるなら 惜しみなく投げ出せる。それでもきっと、おれのものにはならないんだろうけど。


「馬鹿だね、藤代は」

そう言ってわらう。手を伸ばせばすぐ、触れられる距離に彼女はいるのに 触れたいと願うのに、怖くて触れられない。
高校生のころは、彼女を女神だと思っていた。それほどに、好きだという感情が大きすぎて怖かった。だからこそこの気持ちをどうにも出来ないでいる横から、馬鹿みたいに掻っ攫われていった。ほんとう、なにやってんだろうなあ、おれ。

明日、ほかの男のところに嫁いでく女相手に、情けない。


「…しあわせになれんの?」 「なれるもなにも、もう充分しあわせだよ」 「そ、っか」

なんだよ、おれの出る幕なしか、やっぱり。
覚悟はしてたつもりだったけど、いざとなるとつらい。明日、花嫁姿なんて見たらもう立ち直れないかも。


「来ないなんて言わないでよ、明日」 「気持ち読むなよ」 「三上先輩に電話しとくから」 「…よりによって、あの人?」

逃げられないじゃん、言って笑うと 少し困った顔をして彼女もわらった。
こうしていると、学生のころに戻ったみたいだ。まだ誰のものでもなくて、ただただ好きだと思えていたあのころ。

「……ごめん、」 「藤代…?」 「ごめん、」

この気持ちが「好き」なのだと気がついたのは、があいつと付き合い始めたのがきっかけだった。…ああそうか、好きだったんだ と、理解した瞬間の失恋だった。それから一度だけ、つい感情に堪えられなくなって想いを伝えてしまったことがある。二人きりの空間、おれの横を通り過ぎるの手首を強く掴んで言った。「ごめんね、」 直後返ってきた返事に、おれは理解させられた。「…ありがとう、藤代」 ごめん でもない、ありがとう でもない、おれが欲しかったのはそんな言葉じゃなくて、

「好きなんだ、、好きだ、好きなんだよ」


「…さようなら、」

















報われなさすぎる藤代
駐車場、車の中で冷静を装って藤代の部屋から出てくるのを待ってるのは真田
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20090604 秋夢うい