ほんの少しも変わらないこの気持ちに、終止符を打てる日が来るなんてないんじゃないかと思っていた。それくらい、あたしは今でも一馬のことが好きで あきらめられないでいる。それはまるで、





08* 


           






「俺…っちゃんと出来たからな」
「は?」

頭痛は、もう何日も治まらない。まるで何かに警鐘を鳴らしているかのようにずっと、あたしの中でがんがんと響き続けている。お昼も食べ終わって、のんびりとしているときだった。真っ赤な顔をして、「どうだすごいだろ」とでも言ってるかのような一馬の言い方に、あたしは眉を顰めた。傍に居ると辛く、なる。かと言って完全に拒絶することも、距離を作ることも、当然出来なくて。

ひとりになると、あんなにも哀しくなるのに 一馬を目の前にするとどうしようもないイラ立ちがあたしを支配する。いつになっても慣れない、震える指先をきゅと握って、震えるこえを 必死に隠して。


「出来た って何が?」

本当はあまり聞きたくない。聞かなくても、わかってしまう自分が嫌だとも思う。一馬がこんなかおをして、あたしに話しかけてくる内容なんて、考えなくても、


「何 って…キスに決まってんだろ!」

ほらね と、心の中でわらって、「へぇ、あっそう」と、あたしは一馬から顔を逸らして冷たく言った。舞乃がまた、心配そうに眉をひそめてあたしと一馬を交互に見ていて、


「んだよその反応!」
「っつか一馬、前に『キスする』って話聞かされたの、1ヶ月位前だったと思うんですけど」

「んなのしょうがねぇだろ!」

なにがしょうがないなんだ と、あたしは苛々とする中で、奥では痛いくらいに気持ちが揺れる。想像なんかしたくない、考えたくもないのに、顔も知らないようなカノジョと、一馬のキスシーンが頭に浮かんでは歪んで。そんなの、当たり前のことなんだ。この先、一馬がカノジョとずっと付き合っていくつもりなら キスだって、それ以上だって。全部を、一馬はカノジョと経験をしていくんだ。

そう、がんがんと響く頭の中で考えてあたしは怖くなった。ねえ、これから先何年、何十年と、あたしの知らない一馬が増えていくの?その瞬間の一つ一つを、カノジョは全部 知っていくのに。頭のなかの警鐘は、どんどんとひどくなっていく。


「あんたそんなんじゃ、エッチ出来るまで何年かかんのよ」

これ以上なにも、考えたくなんてない。かなしい、寂しい と、そんな溢れるような思いとは裏腹に、あたしの言う言葉は最低で、…最悪だ。どうしてあたしは、こんなことしか言えないの。「やるじゃん」「おめでとう」そんな一言さえ、嘘でもいいから言えたらこんな思いはしなくてもいいのに。それさえも、あたしには出来ないの?


「だ…っ!からなんでお前はいつもそうなんだよ!」
「あー…はいはいすいませんね、」

アンタのカノジョみたく可愛くなくて と、嫌味たっぷりに返した。一馬に苛ついているのか、あたし自信に苛ついてるのか、それさえもわからないくらいもう、あたしの中はぐちゃぐちゃになっていた。

────駄目、だ。


「…何だよ、お前最近感じ悪ぃな」

どういうつもりだよ と、一馬が珍しく、真面目に怒ったかおをして、あたしに向かってそう言った。あたしは今までに、ここまで本気で怒っている一馬を 見たことがない。そしてきっと、一馬のかわいいカノジョは一生こんな一馬を見ることなんてないだろうな なんて、そんな馬鹿みたいなことを思って自嘲えた。
あたしは両手のひらが、びりびりとした痛みを感じるくらい強く、と大きな音を作って机をたたいた。そのままの勢いで立ち上がって、


「もう、いい加減ウザいのわかってよ…っ!」

ずっと鳴り響いていた警鐘は、きっとこれのことだったんだ。両手の平に痛みを感じる代わりに、あれだけひどかった頭痛がすっと引いた。馬鹿みたい。どうしてこんなに、わたしは惨めで愚かなんだろう。


こえが震えた。こころが、ふ る え た 。
それでもあたしを支えたものは、一馬に対するあたしの プライド。


(…こんなちっぽけなプライド、働いてくれなくて いいのに)

一馬の顔なんか、見れない。見れるわけがない。舞乃が驚いて、きっとそれはあたしの代わりに、泣いてくれていて。クラスのみんなは意外に、何だなんだ幼馴染の喧嘩かー とあまり興味が無いようだった。


「悪かったな…っ!」

一馬の悔しそうな、でも辛そうな声が あたしの耳に、こころに、直接響いた。それでもあたしは、この重みに負けるわけにはいかない。

「そう思うなら、もう 二度と話しかけないで」

プライドに任せて、強がって言った言葉の重さの意味を瞬間に理解した。これまで築きあげてきた想いも、思い出も。あたしは一馬をひどく傷つけて壊してしまったんだ。なんなんだよ と、かすれた一馬の小さい声を振り切るようにただ、この場所から逃げ出すしかなかった。



『もしもしっ、』

どうした!?と、電話をかけて出た、結人の声はこっちがどうしたのかと聞きたいくらい驚いていて、

『…泣きたくなったら俺のところに来るか、俺 に電話する事』

ああ言われてからもう約1ヶ月。毎日結人から朝と、夜には必ず電話が入って来ていて。学校に居る間も幾度かメールもくれていたけれど、あたしから掛けたのはあれ以来 初めての事で、あたしに何かあったんだと思った結人はきっとこんなに慌てているんだろう事も理解って。


「ゆ…っと…っ」
『どうした、なぁどうしたんだよ!?』

結人がすごく 慌てて、何度も何度もあたしの名前を呼んでくれる。「、大丈…っ大丈夫だから…っ!!」と、必死な。そんな結人の声にすら安心して、あたしは涙が止まらない。「ゆうと、」と、一度だけ小さく名前を呼べた。


『今日放課後学校で待ってろ!』

俺が迎えに行ってやるから、だから泣くなと、そう言われて何度も何度も頷いた。返事にもならない、そんな声であたしは何度も何度も頷いて、

「ゆうと…っ」


***


もう授業なんか、まともに聞いていられなかった。何があった?今どうしてる? そのことばかりが頭から離れなくて、イライラが募る。「一馬がどうしたんだよ」さっきの電話でそう聞かなかったのは、こんな時に一馬の名前を出すのはにとって辛いだろうし、答えなんか聞くまでもない と頭じゃなく、感情で理解していたからだ。


────でも、


「若菜くん?」

今すぐ教室から飛び出して、のところに行きたかった。右足が、机の下で小刻みに動いていて このいらだちを抑えるのに必死だった。ふと横から、クラスメイトの女子に名前を呼ばれて、俺は顔を向けた。


「どうかしたの?何かさっきからずっと…」

ぼーっとしてるから と授業中のための、少しひそめた声でその子は言った。教科書を見せて貰うために寄せた机は、ぴったりとくっ付いていて1cmの隙間もない。


「…なに?」

少し黙って、その子顔をじーっと見ていると、彼女は少し顔を赤くした。「や、べつに」と、言って視線を外す。正直に言えば、ついこの間までこの子の事を可愛いな と少し気に入っていたのに、


「ねぇ若菜くん」
「え?」

「あ…えと…」

詰まった言葉。なんとなく 判った。この雰囲気と、彼女の表情と。な ん に ん も み て き た 。


「若菜くんは好きな子とか、いるの?」

────でも、本当は、


「……いる よ、」

彼女の表情が、少し沈んだものになったことに気がつかないわけがなかった。けど、いつものように気を使った言い方 も、彼女を思いやる事 も。今の俺にはまったく出来ないでいた。もう自分に、嘘をつけないくらいのところまできてしまっていた。あいつの、まぶしいくらいの笑顔も、


「元気で 明るくて、痛いくらい一途で泣き虫 な」

────でも、本当は、俺がに少しでもあいつの事を想わせたくなかったからだ。

どうしようもないくらいの、あの泣き顔さえも他の誰にも 見せたくないと思った。誰かを好きだと想う気持ちも、切なさも、辛さも、なく理由でさえも全部、

「やばいくらい、」

────すきなこ。

そんな、のなにもかもが、これから先全部 全部、俺のものであればいい とこの時の俺はそう、心の底から願っていた。ああもう俺は、いつの間にこんなにまでの事、好きになってしまっていたんだろう。



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若菜くん認めました編!(どんなサブタイトル)


20070718(20050202初版)  秋夢うい