テレビ越しに観た、あの笑顔がとても印象的だった。学生の頃、稀にもなくいわゆるアイドルが好きで、部屋中にポスターを飾って部屋の壁がそれでうまっていると幸せだと思っていた。わたしたちファンが悶えるような表情や仕草で写真を撮られて笑顔でわらう、彼らは言ってしまえばそれがしごとだった。いつしか大人になるにつれ、ポスターははがされて、やがて一人で住むようになった家は一枚も張られていなくてまっ白でとても広く思えていた。雑貨屋に寄って、すこし値段は高めのおしゃれな画鋲を購入した。ネットで探しに探して、ようやく今朝届いたそれをゆっくりとひらいた。とくんとくんと、アイドルをおっかけていたときのような興奮さはないものの、恋とも憧れともわからない鼓動を感じた。部屋にひとつ、貼られたポスターの中で青いユニフォーム、きらきらとグラウンドを走るその様にわたしは ずっと目を離せないでいた。 労働時間制限による、今日はいつもより遅い昼からの出勤だった。それにもかかわらずいつもと同じ時間に目が覚めてしまったわたしは、出勤までの時間をつぶそうと百貨店内のショップを冷かして回った。そのうち11時になり、13時の出勤に合わせて早めに昼食を摂っておこうと柏駅の傍にある小さなカフェに入った。あまり表から目立つ場所になく、落ち着いた雰囲気のそのお店はよく同僚や先輩後輩と好んで利用していた。 「こんにちは、マスター」 「いらっしゃい今日は早いんだね」 「重役出勤でして」 通っているうちに仲良くなったマスターと少し会話をして、まだピーク前だから と贅沢にも一番奥の4人掛けのテーブルを勧めてくれた。ありがとう とひとつ微笑って、自分が奥に座り購入した服の小さな紙袋を手前側に置いた。日替わりランチを頼み、持ってきていた今日の昼のミーティングの資料を取り出した。間もなくランチはすぐに運ばれてきて、ちょうどいいサイズのオムライスとグラタン、サラダが大きい白の皿に乗っていて、オニオンスープとひとつコッペパンがセットについていた。 「アイスコーヒーは食後に、」 お持ちしますね と、この店のお手伝いをしている、マスターの娘の実羽さん(25)がかわいらしい笑顔を見せてくれた。今日はおしゃべりしながら食べる相手がいない。ただもくもくとランチを口に運んで食べ終わるのはすぐだった。お皿を下げてもらって、アイスコーヒーを飲みながら書類と睨めっこし、もうしばらくここで時間をつぶそうかと考えたところだった。 「…っ、?」 ブー、ブー、と馴染みのリズムで携帯のバイブ音が聞こえてきて、電話 誰だろうと思ってバッグの中から携帯を取り出すも、わたしの携帯は鳴っていない。着信もなく。少したってバイブ音は消えた。なんだろう、他のテーブルの人のが鳴っていたのかな と思って店内を見回してもそばのテーブルには誰もいないし、時間的にまだそう客も多くない。おかしいな、空耳かな と不思議に思っていると再度バイブ音が聞こえてきて、やっぱりわたしの携帯は鳴っていないしよく耳を澄まして聞いてみる。しつこく鳴り続ける携帯に、ようやくその場所を突きとめる。身体をかがめて、自分の足元、テーブルの下 にようやく携帯を見つけてわたしはそれを手にした。 (同じ携帯、…だ) 「K」と、かたどられたシルバーのローマ字のストラップがついた 自分の使っているのと同じ携帯電話に、同じリズムのバイブ音であることに納得する。手に取った途端、着信はとまり、ごめんなさい と心の中で思いながら携帯をひらいた。 「わ、8件て、」 不在着信が、8件ありますと待ち受けには表示されていて、きっとこの携帯の落とし主か誰かがかけ続けていたのだろう。食事に夢中で、全然気がつかなかったな と思っていると再び携帯が鳴り始め、CALLINGの着信画像に、「イケ」と着信相手が表示され、わたしは迷いながらもあわてて通話ボタンを押した。 「も、もしもし」 『うわ!誰かでた!』 てゆーか誰!と、電話の向こうの相手は驚いて声を上げていて、その後ろでか、すこしがやがやとしていてちょ、誰だよ!とまた別の人が焦ったような声が聞こえてきた。 「あの、ここ柏駅の近くのカフェ で、そこで拾ったんですけど」 この携帯の持ち主さん、ひょっとしてそこにいらっしゃいますか? と、わたしは変に疑われる前に先駆けて言った。すると『マジで、ありがと!』おいやっぱあの店に落ちてたらしいぞさっさといけよ 大丈夫だって知ってるとは限らないだろ あ、もう時間ないからダッシュで行かないと間に合わないけど!とわたしそっちのけで電話の向こうからそんな会話が聞こえてきて、どうやら持ち主さんは今からここへ来るようだ。 『お店のひと?』 「いえ、たまたま座ったテーブルの下で鳴ってるの見つけて」 『ありがとね、今から持ち主引き取りにいくから──』 「あ、はい」 よろしくねー とその人はあっさりと電話を切ってしまって、ああしまったどんな人が来るのか確認してないなぁ と思ってわたしはたたんで携帯をテーブルの上に置いた。どうやらすぐ引き取りに来るようだし、わたしはそのまま自分のテーブルで預かることにして書類に目を戻した。 「…実羽さん、お水 もらえますか」 +++ 「あ、あの!」 十分くらいたっただろうか、書類に集中してしまっていて、急に声を掛けられて驚いて顔を上げた。白い、ロンTに下はジーパン、少し柄の派手なブラウンのキャップを深く被っていて、男性というのはわかるけれど顔はよくわからない。ああ、このひとが携帯の持ち主なのかと瞬時に理解して、わたしはテーブルの隅によけておいた彼の携帯を手に取った。 「これ、間違いないですか?」 「あ、うん」 「あの、ごめんなさい。勝手に出ちゃって…」 見ず知らずの他人が、自分の携帯に出るなんて素直に考えると気持ちが悪い。軽率な行動で不快な思いをさせてしまったかもしれないとわたしは思って。するとその人は、「や、助かったよ。ありがとう」そう言って自分の携帯をわたしから受け取った。変な人だったらどうしようと思っていたわたしは安心してほっと肩の力が少し抜けた。 「あのっ、」 「え?」 「時間、大丈夫ですか」 思い切ってわたしは、そう声を掛けて彼の返事を待った。「もう、行く けど」と訝しむように返事がかえってきて。 「走ってきたみたいだから、よかったらお水、飲んでってください」 「っえ、」 「あ、大丈夫ですさっき持ってきてもらったばっかりだし、」 毒なんて入ってませんよ とわたしは焦って言うと彼は「さんきゅ、」とすこし、おかしそうに微笑って、水の入ったグラスを手に取った。飲もうとしてすんでのところでとまり、やっぱり余計な事しちゃったかなと思って声を掛けようとして、彼は被っている帽子のつばに手をかけて、帽子を───とった。 きらきら、きらきら。恋に仕事に、疲れきっていたあの頃のわたし。夏、なんとなく見ていたサッカー日本代表の、ドイツ最終予選。相手の国がどこだったか、もう覚えてもいないけれどその試合はわたしの意識を奪った。サッカーのルールなんて、よく知らないしほとんど興味もなかった。意気消沈、疲れきっていた精神で何気なく付けたテレビでやっていただけの試合に出ていたかの選手は、ゴールを決めた次の瞬間最高の笑顔を見せた。きらきらと、黒髪が汗にひかってテレビ越しにもわたしにはとてもまぶしく見えた。 「さな だ、選手…」 半分ほどの水を飲んで、ふうと息をついてはっきりと確認できた顔をみて わたしは思わず声に出していた。びく と、驚いた表情も見紛うはずもない。きらきら、きらきら、真田一馬選手、彼だったのだ。 - TITLE - NEXT - 大人の恋が、かけたらいいなあと思います。サブタイトルすーごい単純。エンカウントはゲームでも使われる、遭遇するとか出会うって意味です。電話相手はレイソルの池元選手のあだ名をお借りしました。どんなひとかもしらないくーせに(笑) (追記・2008.04.09)アジアカップ予選(2006年)→ドイツ最終予選(2005年)に変更しました。 20071124 秋夢うい ( バイブレーションエンカウント ) |