ねえ、あたしはそんなに強い女じゃないよ。










もうすぐ三ヶ月。この、大好きな彼とお付き合いというものを始めて、もうすぐ三ヶ月だ。
好きで好きで好きで好きで好きで。それはもう本当にだいすきで。


「いい、よ」

生まれて初めて愛の告白というものをして。あっさりと承諾を得たあの時のあたしの喜びようと言ったら、このまま宇宙にでも飛び出して行けるんじゃないか という程のものだった。

すきだから何でも出来る。頑張れる。勇気が持てる。毎日が、何かに満たされて生きているようで。






かず、ま

小さく、自分からほんの体一つ分しか離れていない、傍にいる彼の名前を呼ぶ。
一馬そのものである、サッカーの雑誌に集中している為か、あたしなんかの小さな、小さなこえは彼の耳には届かない。自然と、まぶたの力が少し弱まるのがわかる。


───わかってる。わかってるよ一馬わかってるけどでも、ね。


届かなかった、今の言葉を忘れるようにしてこくん と息を呑む。そうでもしないとちゃんと次に進めない様な気がして。



「…かず ま」

さっきよりも、少しこえを大きくして彼の名前を呼んだ。すると一馬は少し頭をあげて、あたしの方を向いた。
目が合った、それだけなのにあたしの心臓は爆発寸前。

「なに?」

訊かれて、あたしは薄く微笑む。泣きそうに目頭が痺れるのが判った。


「今日ね、早く帰らなきゃ駄目なの忘れてたんだ。だから」

手早く、自分の身の回りの荷物を手にとって立ち上がり、自然と一馬を見下ろす形になって。


「ごめん帰るね」

お邪魔様 とそう言ってわらう。すると一馬は「あぁうん、わかった」とそう言って、あたしを玄関まで送る為に立ち上がった。今度はほんの少し、一馬を見上げる形になってあたしは、ごめんね とわらいかける。



「ありがと、一馬」

ばいばい と玄関先。わらってそう言ったのは、あたしの精一杯の覚悟と想いだった。




***



「真田と別れたぁ!?」

まだ三ヶ月も経ってねぇじゃん!マジかよ! と叫んだのは、あたしの幼馴染兼、いとこだ。


「てゆーかさ、そもそも本当に付き合ってたのかどうかも」

わかんないや と、あたしはそう言ってあはは と笑う。


「は?どーいう事だよ

怪訝そうに眉をよせて、あたしの言った事の意味が理解らない というような顔をしている。そんないとこの顔を見て、あたしは少し泣きそうに顔を歪ませて、そしてわらう。


「だって ね。告白したのも、電話するのも、メールするのも、遊ぼう って言うのも。そーいうの全部」

あたしからだけだったもん とだんだんと声が小さくなってしまって、俯いたらこぼれるように涙が出て来た。


「…、真田が別れよう って言ったのか?」

そう言われて、あたしは俯いたまま首をふるふると横に振る。


「え、じゃあ、が?」

そう言われて、またあたしは首をふるふると横に振る。



「……は?」

じゃあ、何だ? と真剣に悩んでいる。あたしはぐい と涙を少し拭って顔を上げる。すると心配そうに、でも訳が理解らなそうにして、あたしのいとこは顔を歪めていた。


「だってあたしが…、無理矢理 繋げてたような関係だったもん」

言って、胸が苦しくなった。そうだろうなとは思っても、なるべく考えないようにしてずっと気持ちの隅っこに隠していた思い。するとあたしが何を言いたいのか理解ったのか、今度は怒ったように顔歪ませて、すっくと立ち上がった。


「俺、真田のトコ行ってくる!!」
「え!?」

「すっげムカつく。」

真田に文句言ってくる と上着を引っ掴んで部屋を飛び出して行きそうになって、




「ちょ…っ待って あつし!!」


「なんで!」

引き止めるあたしの事をムッとしたままの顔で見てくる。あたしのいとこで、一馬のチームメイトでもある彼、上原淳の腕を慌てて掴み、叫ぶようにして言う。


「しかたないよだって!一馬があたしの事好きになってくれなかったのは、一馬の所為じゃないもん!!」

あたしの所為だもん! とおもいきり叫んだら、淳の顔がまた歪んだ。


一馬があたしの名前を呼んでくれなかったのも。
電話だって、メールだって、遊びの誘いだって一度もくれなかったのは、一馬があたしのこ事を好きになれなかっただなんて、考えなくても理解ること。告白した時に「いいよ」って言ってくれたのは、必死だったあたしの事を、付き合えば少しでも好きになれるかも、という一馬の優しさだったんだ って自分でそう 思って。


「っそんなの優しさでも何でもない!!」
「いいの!あたしが終わらせれば…あきらめればいいだけのことだもん!!」

だからいいの! とあたしは俯いてまた、涙が出てきて目頭とこめかみが痛くて、あつい。
もう我慢出来なかった。傍にいるのに、気持ちが一つも届かないことが辛くて、切なくてしょうがなかった。


泣かないから。もう二度と泣かないから今だけ、泣かせて。一馬のことを想って。


淳の名前を使って なんて事しなかった。
学校での彼と、淳の話す選抜での彼とのギャップが面白くて、仲良くなりたい なんて思って。
何の優越感か、ただのクラスメイトとして仲良くなって。そうしたらすぐに好きになって。


ごめんね、あたし一馬のお荷物でしかなかったんだよね。こんなあたしの気持ちに応えようとしてくれて。

ありがとう、一馬。
直接そう言えなかった、さようなら って言えなかったあたし を。


────許して。




***




「ツイてるのか、ツイていないのか……」

やっぱり今の状態じゃあ後者 かな。と、黒板の端っこに書かれた自分の名前を見てぼそりと言う。
と書かれた自分の名前の横に、さらに書かれている名前を見て、あたしはため息をつく。


───真田



「代わってあげよーか?」

あら、まあ というような表情をした友達の真紀がそう言ってきた。


「んー。いいよなんとか、」

がんばるよ と目を両手で覆って机に肘をつく。


「もうどれくらいだっけ?連絡取らなくなって」
「とおか」
「十日かー、微妙なトコよね。まだ十日、もう十日。でもまあ、真田も気づいてんじゃないの?」

てゆか、気づかない方がおかしい と彼女は付け足した。あたしは「ん…」と小さく返して、そっと、視線を一馬の方に送る。先日、三日間の海外遠征で授業を欠席していた彼は、せっせと誰からか借りたノートを写していた。

前は一緒に居られるだけで嬉しかったのに。一分一秒でも一緒に居たかったのに。今じゃ放課後のほんの少しの、日直の仕事でさえ 来るのが怖いし、それを考える時間をも苦痛に感じる。
一馬もあたしと居る時間を、こんな風に感じていたのか と思うと じわり と涙が浮かんでくる。


「なに話したらいいのか、わかんないや」



***

決して寒さの所為じゃない。震える手を必死で止めようとしながら、あたしは日誌の記入事項を次々と埋めていく。今日の授業の内容なんてこれっぽちも覚えてなんかいない。なにを、話したらいいの。


「…遠征、お疲れ様」
「…あぁ、うん。さんきゅ」

長い、長い沈黙の後、あたしはやっとそう言った。安堵のため息が出る。一馬の顔なんか見れない。目も合わせられない。一緒にいて、こんな風な沈黙ははじめてだった。一馬がどんな表情をしているのかとか、あたしの方を見ているのかとか、何もわからない。


「たのし、かった?」
「スタメンで出れたし、1点しか決められなかったけど、でも勝った」

「ホント!?良かったねー!」

最初の一言で少し気が揺るんだのか、彼の話を聞いて嬉しくなってあたしは、思わず顔を上げてしまって一馬と目が合う。



────── あ。




うん とそう言って、少し優しそうに一馬の顔を見て、今度こそ本当に泣きそうに なる。
こうして時々、ふとした時に優しく微笑う一馬に、あたしは何度ドキドキさせられただろう。

どうしてこんな時にそんな風に微笑うの。顔が熱くなって、じわり と涙が浮いてきてしまう。


「あぁもう…」

と、隣の席に座って、あたしが日誌を書き終わるのを待っている一馬に聞こえないように、小さくつぶやく。


────諦められなくなるよ。




「…あ、のさ」
「え?」

一馬がそう切り出して、驚いて思わず素になって返事を返す。



──────────── と。




「っ!」
「あ、わゎっ」

机の上に置いていた あたしの携帯が、ブー、ブー、と大きな音を立てながら震えた。

「う、あ、ちょ、ごめんね」

そう言ってあたしは慌てて席を立ち、窓際の方に寄って行って、ディスプレイに浮かんだ名前を見て少し あ、と思いながらもコールに出る。


「はい。なに」
『うっわ嫌そうに出んのなー』
「や、ちょっとワケがありまして…」

ははは と棒読みでそう言って笑って、教室にこもる声を逃がそうとあたしは窓を開ける。


「で、なんなの?あつ…」


あつし と名前を呼びそうになって、言葉を詰まらせる。
一馬の居るところで、他の男の名前を呼ぶわけにはいかないかな と思ってでも、でももう関係ないんだし、あれかな…とも考えて少し落ち込む。


「どうしたのあっちゃん」
『うわ!なつかしーその呼び方!!』
「やーもう、そんなのいいから、早く用件…」

早く電話を切りたくて、用件を急かす。何気なく、人も少なくなった校門の辺りに目をやってあたしは今、手にしている携帯電話を落としそうになる。



『今学校いるよな、まだかかりそう?』


それはもう嫌という程見覚えのある、短くて、すこし明るい髪の。




ー? と黙り込んだあたしの名前を何度か呼んでくる。


「あらぁ何してるのかしらあっちゃん、そ ん な と こ ろ で」
『え、なに見えてんの?』

どこどこー? と受話部分から淳の声を聞きながら、キョロキョロと辺りを見回しながら校門の少し中にまで入って来た淳を遠目に見ながら、あぁもうやめてー! と叫びたくなるのを必死に抑える。


「わかったから、そっから動かないで」

動いたら許さないから と、小さく低い声でそう言って電話を切る。
数秒、淳が通話の切れた携帯を持って、まだキョロキョロとしているのを見て、なるべく普通に窓を閉めて振り返り、一馬のいる席にまで戻る。


「ごめんね」
「うん」
「あ…のさ、今日練習は?」
「今日は、オフだけど」

だよね、遠征の次の日だもんね、とあたしはいつもより少し早口でそう言って。


「あ、ねぇ日誌、あと少しなんだけど 頼んでもいい?」
「え?」

少し散らかした自分の筆記用具を乱雑に片付けて、鞄に突っ込み、すばやく身支度をする。


「ん、ちょっと急用が出来ちゃって…。いいかな?」

焦ったようにそう言うあたしを、不思議そうに見て、一馬は いいけど… と言った。


「ありがとホントごめんね、じゃあねかず…」

かずま と名前を呼びそうになって、急に胸が締め付けられるような感じがして。
あたしは一馬に見られているのに抑えられなくて、顔を歪める。



「じゃあ、ね。─── 真田」
「え……?」

彼が少し目を見開いてそれはもう本当に驚いていたけれど、そんなのも気にせず教室を飛び出す。
否、気になんかしていられなかった。あのまま一緒に居たらあたしはきっと自分の想いをぶつけそうになってしまう。そんな一馬の重荷になるようなこと、これ以上今のあたしには耐えられなかった。


走る。息があがって苦しいのもお構いなしに、必死に淳の元にまで走って、走って。


「え!?何でお前泣いてんの!?」
「うっさいバカあつし!!」






ねえ、あたしはそんなに強い女じゃないよ。
好きで好きで好き過ぎて。

大好きなあなたのもとを逃げ出しちゃうくらい。





────あたしは よわむし だ。



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もうこれを書いたのは二年もまえになるんですね。新しく掲載するにあたって、少し、というか結構手を加えました。書いた当時は満足な仕上がりでしたが読み返すと嫌なところが沢山目について…(苦笑)

20061002(20041227)   秋夢うい

本当は気付いてた、ずっと、ずっと、