一馬が、上手いことやってるのを祈りながら 俺は。










!!」

上原が、思い切りあの女の名前を呼んでいた。
走って行ってしまった彼女のすぐ後を追おうとした、上原の腕を英士が咄嗟に掴んでいた。


「っ離せよ郭!」
「ちょっと待って上原。後でちゃんと、」

一馬に行かせるから そう言った英士の言葉に驚いたのは、俺だけじゃなかった。


「はぁ!?今更コイツに何が出来んだよ!」
「ちゃんと一馬に責任取らせるから、だから詳しい話 聞かせて」

意外と冷静にそう言う英士に、上原がイライラしているのが手に取るように判った。当の一馬も、情けない顔をして上原に言われたい放題だ。でもそんな一馬の視線はずっと、あの子が走って行った方ばかり見ていたことに俺はすぐに気がついた。


「これまで散々あいつの事泣かせておいて、何なんだよ!」

これ以上どうしようっつんだよ! 言って上原は、まだ怒りが収まらないようだった。


「真田!黙ってないで何とか言えよ!」
「…おれ、」

一馬が何か言おうとするけれど、すぐ少し俯いて「悪い」とだけ小さく言った。


「…俺じゃなくてに謝れよ!真田だけじゃねぇ、お前ら二人もな」
「わかってる」

興奮してそう言う上原に、英士がすぐに答えていた。それで少し気分が落ち着いたのか、幾分か上原の肩から力が抜けていったのがわかる。


「おい若菜、お前はどうなんだよ」
「え…」

上原が俺のことを、それはもう怒りに満ちた目で見ていた。
息を呑む。俺は上原と同じような目で、何も悪くないあの子の事を同じように見ていたんだ。


「浮気するような女だぞ!」


そう言った。俺は。


「わかな!」
「わかってるよ!」


「こんなのと早く別れた方がいいって!」


そう言った俺は、一馬の事で傷ついていたあの子を さらに傷つけたんだ。



「わかってる、ちゃんと謝るよ」

胸に広がるのは、自分の愚かさと罪悪感、そして一馬への。



「一馬、ちゃんと説明しろよ。お前何やってんだよ…っ」

自分自身への苛立ちが、一馬に向かっていってるのは判ってる。確かにきっかけは一馬だ。けどあんな事を言って俺は一馬よりも彼女にひどいことをしたかもしれない。
そう思って落ち込む、英士はそんな俺の気持ちを理解ってくれてるみたいだった。


「一馬。お前が何も言わないんだったら、上原から聞くけど、」

お前はそれでいいの と、英士の静かで、厳しい声が俺の耳にも響く。


「…おれが言う」
「…。電話もメールも、遊びに誘いもしてあげなかったっていうのは」

本当なのかよ と俺は怒鳴りつけたくなるのを必死に抑えて一馬に聞く。声が震えた。
ありえねぇよこんなこと。三ヶ月だぞ?それだけ時間があって。


「どうしたらいいのか、わかんなかったから…」
「じゃあ本当の事なの?」
「ああ…」

何だか咄嗟に一馬を殴り飛ばしたくなった。どうしたらいいのかわからなかった なんて、そんなの。じゃあどうして俺や英士に相談のひとつもしてくれたらよかったのに。そうしたら彼女が傷つくことも、俺が彼女を傷つけることもなかったのに。
そんな俺に気づいたのか、英士がこっちを見ないで俺の腕を掴んで制止してきた。俺は驚いて英士の顔を見るけど、英士は一馬から目を離す事無く続ける。


「名前のことは?」
「付き合ってからは、苗字で呼んだ事も、」

ほとんどない。 一馬がそう言ってぎゅ と自分の拳に力を込めていた。


「っお前…!」
「いいよもう!そんな事から聞いて俺、知ってんだよ」

ああもうなんて情けねんだよ一馬!と俺は震える声で言った。英士の腕を振り切って、一馬に掴みかかろうと
した俺を、上原の言葉が止めた。


「若菜と郭、お前らあいつに何言った」

特にお前だよ若菜 と上原が俺を見た。俺の心臓が少し跳ねた。思い出される、彼女に言った、酷い 言葉。


「…一馬になんの不満があるんだ とか、一馬が何かしたのか とか…」


「やっぱそうなんじゃん!」


「早く別れた方がいい って言った」
「っおまえ…!」
「ごめん上原、こいつらは悪くねぇんだよ、おれが」

おれが全部悪いんだ と一馬が辛そうな声で言った。こんな一馬を見たのは、初めてかもしれない。


「丁度、俺がから連絡が無い って話してた時に偶然会ったもんだから、」





「はぁ?お前彼女に何かしたんじゃねぇの!?」
「してねぇよ!」
「まあお前にそんな勇気ねぇよな。じゃああれだ、他に好きな男でも出来たんじゃねぇのー?」
「だってそんな…」
「練習ばっかりであんまり会ったりも 出来ないしね」
「っあ…」

「?…なんだよ」



「もう!淳遅かったじゃ…」






「こいつらはただ勘違いしただけだから…」

おれが悪ぃんだ ごめん と、一馬が俺と英士と、上原を見て言った。
そして俺はまた思い出す。


「あたしが悪いの!あたしが全部悪いのだからいいの!」


あんなに泣かせて、あんな事言わせて。悪いのは絶対、一馬だけじゃない。
傷つけた。俺、あの子の事。すげー傷つけた。


「で、真田」
「え?」
「お前結局、の事 断れなくて付き合ってやってただけなのかよ」

答えによっちゃ俺、許さねぇから と、上原が強く言った。
そういえば、一馬からそういう話は聞いたこと無かった と思って俺は 驚いて一馬を見る。



「一馬…?」


よく知っていた。一馬のこの表情と、へたれ具合と。少しでも疑問に思った俺 が馬鹿だった。



「そーだよな。お前にそんな器用な こと」

出来るわけねぇよな と俺は苦笑して言ってやる。
そしたら英士も少し苦笑していて、真っ赤な顔をした一馬が小さく うるせぇ と言った。


「なんだよ?」

一馬の事をイマイチわかっていない上原が眉を寄せて、不機嫌そうに俺たちを見ていた。


「上原の従妹のこと、」
「好きでしょうがねぇみたいだぜ」

英士が、一馬の頭を軽く叩いてため息交じりに言い出して、その後を俺が続ける。

このへたれは と、少し強めに一馬のケツを蹴ってやる。
すると一馬はまだ紅い顔をしながらまた小さく、今度は いてぇな と言った。俺と英士はとうとう吹き出して笑う。


「え、は…?」
「…そーいう事だよっ!」
「一馬、ちゃんと彼女の保護者にも理解るようにいいなよ」
「そうそう、んで早くあの子のこと、」

追いかけてこいよ と言ってやる。


「真田?」
「や、だから、おれ、…のこと、」

好き なんだけど と、究極に照れた表情をして、一馬が女々しくも言った。

「は?じゃあ何でいままで…」
「はは、もうかんべんしてやってよ上原」
「は?」

「好きだから何も出来ないようなそんな馬鹿 だからさ」

頼むよ と俺は続ける。


「あの子が行きそうなとこ、上原ならわかるだろ」

こいつに教えてやって とそう、頼む。


「ちゃんと男を、」

見せて来い! と英士と二人、一馬を送り出して。「ごめん、さんきゅ」と、必死な表情をした一馬が全速力で走って行った。





「でも良かったの上原?」
「なにが」
「おとなしく一馬に返して」

英士が何を言っているのか最初、理解らなかった。そりゃあ確かに、庇い方がハンパじゃねぇな とは思ったけど。

「しょうがねぇじゃん!あいつは真田が好きで好きで、」

仕方ないらしいんだからさ! と上原が情けなさそうに笑った。


「真田がちゃんとの事、護ってくれんだったらそれで、」
「…いいんだ?」
「まぁな」

かっこいいね と、英士が笑っていた。俺は聞いてないフリを、する。今の俺からしたら、すげーへヴィな内容だと 思う。それに、それどころじゃない 俺は。


「なぁ、英士」
「なに」


────一馬が、上手いことやってるのを祈りながら 俺は。


ちゃん、許してくれっかな」


────何て言って謝ろうか、考えることにする。


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愛のよわむし 番外編。若菜さん夢のつもりで書きましたけれども。単に結人視点なだけ。
私的に好きな話です。

20061017(20050128)   秋夢うい

鏡のなかの自分を相手に、「ごめんなさい」