予定通りの
ナビシート



「あー、えと、ごめんなさい」

年の瀬が、近づいて来ていた。
先月、食事をしたあの日から数日が経ったときに、本当に彼から電話がかかって来たときは何かの間違いじゃないかと疑った。それから同じ月の 一番最後の日に一度食事に誘われて、今度こそわたしがお支払いします と会計の時に言ったら「今日は俺が決めた店だから、」とそんな理由で結局彼が支払った。次奢ってくれたらいい と、一度目と同じ台詞付きで。約束がまたひとつ、次へと繋がれた。

三度目となった今日、わたしが決めたお店で、それこそ料理を頼む前から「今日はわたしが支払いしますから」と先手を打って言ったら彼は「わかってる」と苦笑した。そのときから、何だか彼の雰囲気がおかしいなというのはすぐに感じていたけれど、それが何かまではわからなかった。食事中、前回よりも明らかに口数の少ない彼に「すみません、お口に合いませんでしたか?」と心配して問えば「まさか」と彼は少し首を振って微笑った。そこで「ああ、今日はなんだか元気がない」ということに気がついて、なにかあったんですか?と、グラタンをつつくフォークを下ろしたら 彼は少し迷って、

「…チームが、J2落ちしたんだ」
「ジェイ、2、ですか」
「うん」

なんのことか、サッカーを知らないわたしにとってはどうにも答えられない。彼の様子からして、きっと良くないことなのだろうということは なんとなくわかるけれど、中途半端なことは言いたくなくて 冒頭の台詞になった。 チームがJ2に落ちる、ということがどういうことなのかを、彼の口から説明させなければならなかった事が わたしには少し、かなしかった。

「戻れないんですか?」
「来年の戦績による、けど」

言葉の最後を濁らせて、彼は水を口に運んだ。なにか迷っているような感じがしないでもないけれど、考えたところでわたしには何もわからないし何かを言う義務も権利もない。「そうですか」と、短く小さく返してそれ以上はなにも言わないようにした。「…他の、」「え?」「別のチームに、移籍の話が出てて」少しして、ゆっくりとそう、彼は言った。「決まったんですか?」と聞き返す。まだ、話が出てるだけだけど と、とても悩んでいる様子はこのことだったのかと、

「…真田選手、が、」
「俺が?」
「納得出来るなら、」

いいと 思います と、すこし意地悪を言う。移籍したほうが、いいとも悪いともわたしには意見できない。迷っている中で彼の決意を、ほんの少しだけ後押ししてあげられたらそれで充分なのだ。「…うん」と、頷いたのをみてすこしほっとする。「…ところで真田選手のチームって、なんて名前ですか?」素直に出てきたこの質問に、彼の表情が少し固まった。

「えぇー…」

そんなショックを受けたような声を出されても、わたしは本当に知らなかったのだ。


+++


今日は絶対に渡しません と、お会計の伝票を握り締めて席を立ったら「わかってるって、今日はおとなしくご馳走になるよ」と彼は笑って言った。自分でお会計を済ませられたことに満足して店の外に出る。その瞬間ぐっと冷たい風が吹いてきて、その寒さと風に流れる自分の髪に目をつむる。「さ、っみぃ」という声が耳に届く。目を開けて彼の方を見ると、この寒さの中では少し薄着ともとれる服装をしていて驚く。

「…車、止めてるから」

乗って と、寒そうにジーンズのポケットに両手を差し込んで身を縮こまらせて言われた。「え、でも、」と躊躇するわたしに「今日のお礼。送るから」と足早に駐車場へと向かう彼を慌てて追いかける。ちゃり と、右手をポケットから出して向けた数メートル先の車のハザードが二回程点滅して、「横、乗って」先に車内に入られて、諦めてわたしも乗り込む。

「あ、あの…」
「すぐ暖房付ける」

車のエンジンがかけられて、その中に暖房の音が混じるだけで車の中は静かさに染まる。「あの…、」その空気に我慢できなくなって、やっぱり電車で帰ります と言おうとして「家、どこ?」「あ、と南柏です」言ってすぐ ゆっくりと車を出されてしまって、きっかけを無くす。「すみません、ありがとうございます」「奢ってもらったお礼。あ、シートベルトだけしといて」と言われて気付き、手を伸ばす。カチ とホルダーに嵌めて、彼の方に目をやる。左手でハンドルを持って、右手はウィンドウのところにひじを付いて頭をのせていた。「なに?」とこちらには顔を向けずに言われて、

「…ひょっとして、始めからそのつもりでした?」
「ん、そのつもりでした」

横顔から、彼が微笑っているのがわかって それこそ本当に諦めて首に巻いていたマフラーを外して ぼすっとシートに身体を埋めた。はは と、彼の小さな笑い声が聞こえる。

「…ああ、そうだ」
「なんですか?」
「名前、俺の。呼ぶとき選手って付けるの、」

やめてもらえると嬉しいかな と、言われて、あ…はい、すみませんなんか 癖みたいになってて そう呼ぶほうがめんどくさいと思うけど… と言われて それもそうですね と苦笑して返す。


「来週、大晦日の夜だけど 何か予定ある?」
「え…な い、です、けど」
「っあ…もしかして、彼氏 とか、」
「いえ、…いません」

そっか、良かった。なんてそんなことを言われて、わたしはそれをどう受け取ればいいのだろうか。ただ、通りすぎていく人流れの中で たまたま出逢ってほんの少しの縁があっただけの人だ。なんとなく、今日が最後にならないだろうというのは思っていたけれど彼は これ以上の 何を。この人と、この先どうこうなるなんて想像も出来ない。そんな気も毛頭ない。気まぐれだと言うなら、それならその方が寧ろありがたいくらいだとまで わたしは思っている。

何も言えず、断ることすら出来ないまま少しして南柏の駅前について、ちゃんと家の前まで送らないと意味がない と言われて仕方なく口案内する。数分でマンションの前について、「…ここです、ありがとうございました」「こちらこそ」軽く会釈をして車を降りる。運転席側へと回れば、パワーウィンドウがゆっくりと下りて少し身を低くして車内からわたしを見上げる、マンションのゲートの灯に照らされた彼は穏やかに微笑っていた。

「夜、9時にここ迎えにくるから、」
「…真田、さん、」

どうして、わたしなんですか。ずっと聞きたくて、たまらなかった。彼はいつも、わたしよりも一枚上手で どんどん流されてしまう。それを嫌だと思う感情は無いにしろ、ここまで わたしである意味はどこにあるのだろうか。「じゃ、来週 9時に、」そしてまた、次の機会へと伸ばされて、繋がってゆく。そしてその時にはまたひとつ、計画的な彼は次への手を残してゆくのだ。

「そのときに、教えるよ」







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誰ですか。え、うそ真田さん?またまたぁ(←) 真田さんの車はMR2かスカイライン…!(しかも赤か濃青)

20080507  秋夢うい

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