真夜中の
観覧車T



バレンタインが近づき、仕事場も一層忙しさが増し退社する頃には21時を過ぎていた。ふと夜の空を見上げるとちらちらと粉雪が降っていて、寒さに手袋をはめようとバッグの中を覗きこんだ。暗いバッグの中で、チカチカと メールの受信があることを知らせるグリーンの点滅が目立って携帯電話を取り出した。
送信元は真田さんで、『空いてたらメシ食べにいかないか』といった内容に受信時間を確認すると16時45分になっていた。携帯を見る余裕もなかったことをすこし後悔し、あわてて『すみません、』とメールを打った。

送信されたことを確認し、今度こそ手袋をはめようと携帯をバッグに仕舞おうとした瞬間 七色に変化する着信ランプと共に携帯が手の中で震えた。驚いてバッグの中に携帯を落とし、慌てて掴みなおす。着信の相手は真田さんで、すこし迷ってわたしは通話ボタンを押した。

『あ、俺、だけど』
「…はい、」

ごめん仕事だったんだな と、真田さんは次いでお疲れ と言ってきた。「すみません、気がつかなくて」とわたしも言えば、全然構わないから と電話の向こうで苦笑しているのが感じとれた。


『メシ、もう食った?』
「いえ、いま退社したとこなので」

『じゃあこれからとか平気?』

多分俺、今近くにいると思うんだけど と、真田さんが言って わたしは駅に向かっていた足を思わず止めた。

「…え?」
『あ、なんか用事あった?』
「…真田さん、夕食まだなんですか?」

見間違いでなければ、真田さんからメールをもらったのは夕方前だったはず。『うん、まだ』 そう、電話の向こうの彼に言われて、驚く。まさか、わたしから連絡が来るのをずっと、待っていたのだろうか?そんな、驚いて思わず黙り込んでしまったわたしの心の中を読んだかのように、ちょっと、食べそびれててさ と言ってまた苦笑しているようだった。 『会社、どこらへん?』 と言われて、「駅の近くなんですけど」 『オッケ、んじゃ南口のコンビニのとこで待ってて』  まだ食事に行く返事もしていないのに と、電話を切られてしまったことに苦笑して今度そこ携帯を仕舞って手袋をはめた。

やはり見慣れた、車がわたしのすぐ横に止まったのはコンビニに着く前だった。歩道に寄せてパワーウィンドウが降り、「ごめん乗って」と急くように言われてわたしは慌てて車に乗り込んだ。

「途中でつかまって良かった」

そう言いながら、車の流れに戻ろうと視線はサイドミラーに向けられていた。「クラブに寄ったら、ガキ共につかまってさ」と、真田さんはわらっていた。そういえば以前、自分の球団のジュニアクラブに偶に顔を出しては未来の日本代表候補達と戯れているのだと、嬉しそうに話してくれたのを思い出した。その時正直に、子供が得意そうには見えませんでしたと言ったら彼は「俺もそう思う」と大きく笑っていた。

別に緊張していたわけでもないのにわたしは、笑っている彼を見て何故かほっとした。頻繁に、と言えるほど連絡だけは取り合っているのに、けれど彼に会うのはあの日以来、初めてだったのだ。


+++


連れられて来た店は、大きなビルの上層階に入っている 高級ともとれるレストランで、街が広く 一望出来た。少し綺麗めの服を選んで着てよかったと、内心ほっとした。大晦日だというのに、テーブルはほとんど埋まっている。かっちりとした制服に身を包んだボーイに案内された席は予約をしていたらしく、窓際の一番いい場所ともいえるところで、沢山の明かりがキラキラと視界の下で揺らいで、その先に見えるテーマパークの大きな観覧車のデジタル時計が 『22:37』 を示していた。

「すごい…」

その雰囲気に、思わず感嘆の声を漏らしてしまったわたしに気がついて真田さんは、「良かった、」と言って穏やかに微笑った。
なにがいいか と、メニューを渡されて ええと と普段あまり馴染みのない料理名に困っていたら好き嫌いは特にないかと聞かれ、ないと答えればこんなのはどうかと薦められ、それでいいです と言えば 「じゃあ同じのを」 と真田さんは迷うことなく店員にそう告げた。


「なんか、慣れてますね」
「ははっ、まさか」

俺もこんなとこ初めてだよ と言って彼は笑った。自然と、会話を進めていくうちに前菜、サイド、メインと、次々と運ばれて来て、見た目にも美しく彩られた料理にすぐ釘付けになる。決してひとつひとつの量は多いとは言えないが雰囲気に緊張していたのかそれともこれから訊かなければいけないこたえに緊張していたのか、すぐに満腹になって、デザートが出る頃 再度ふと観覧車に目を遣ると新年まで15分と切っていた。


「…もうすぐ明けちゃいますね」
「うん、」

それきり、真田さんは沈黙し、右肘を立て、綺麗で整った指の上にあごを乗せて夜の街をじっと見下ろしていた。1分、2分 と、沈黙のまま時間がすぎ、このまま年が明けてしまうのかと思った時、ふいに彼が口を開いた。

「この間の、」

こたえだけど、ゆっくりと 真田さんは言って、驚いてわたしは観覧車に向いていた視線を彼へと戻した。真田さんはまだ、窓の外の方を向いていた。「もし、真田一馬が本気であんたと」あかり先輩の言葉。心配させてしまっているのは、充分にわかってる。けれどわたしは、もし本当に真田さんがわたしとのなにかを考えているのだとしても応えられない、応えるつもりもない。だからこれ以上、中途半端に繋がっていることは出来ない。

緊張で、すこし指の先が震えてぎゅ と膝の上で手を握り締めた。もしも、その時のこたえは決まっている。真田さんも、自分自身も傷つけたくない。この考えが、わたしの勝手な思い上がりであればいいと 何度願っただろうか。


「ごめん、」

この言葉のあとに続く真田さんの出したまさかの答えに なにも言えなくなってしまって、気がつけば、持っていった わたしの決意など綺麗さっぱり呑み込まれてしまっていた。







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20090109  秋夢うい

( 真夜中の観覧車T )