穏やかな
エゴイズム



焦れるとか、関係を変えたいとか、そんなことを思ったわけではなかった。
ほんの数ヶ月前、ただ本当の偶然に知り合った彼女とは、これまでに数回 食事に出かけただけだ。それでも、頻繁に、と言えるほど連絡を取り合っているのは何故かはわからないけれど多分きっと、俺のエゴだと思う。

彼女と一緒にいると、自然体でいられた。歳は俺よりひとつ下で、派手でもなく、地味というわけでもなくいたって普通の子だった。初めてカフェで会った日、一目で俺のことを判ったかと思えば、サッカーのことは何も理解っていなくて、それでもいい加減なことは言わずにそっと俺の気持ちを後押ししてくれたのがただ単純に嬉しかった。何度目かの食事のあと、どうしてわたしなのか という問いにすぐに答えられなかったのは自分自身理解らなかったからだ。


自宅マンションの地下駐車場に着き、車を降りてドアを閉めればコンクリート詰めのその場には大きな音が響いた。
ふと、来客用の駐車スペースに見覚えのある派手な車を見つけて近寄る。きっちり閉められているはずのパワーウィンドウからも車内に流れる音楽がほんの少し漏れ聞こえて来た。


「結人!」

そう、名前を呼んでフロントガラスをこぶしの先で少し叩いた。スポーツカー用のがっちり脇を固められたシートの中で狭苦しそうに両手を頭の後ろに上げて、どうやら眠っているらしい。一度では気がつかなくて、二度目にもう少し強めに叩いたら驚いて身体を震わせ結人は目を開けた。そうしてカーステレオの音楽を止めて車から降りてくる。大きくあくびを繰り返しているのを見ながら、とりあえずうち行くかと声を掛けて、


「やーべえマジ寝てた。つーか帰ってくんのおせーよ一馬」
「バッテリー上がっても知らねえぞ…てか何だよ連絡くらいしてこいよな」
「したくても出来なかったんだよ!」

はあ?と、エレベータの中で間抜けな声を出せば、結人は壁に凭れて 不機嫌そうに顔を歪めて、


「ケータイ、真っ二つにされた」
「…浮気がばれたのか?」
「馬っ鹿言うな!するわけねーだろんなこと!」
「じゃあ何でだよ」

そこまで話して部屋の前まで着き、とりあえず中で話すわと疲れた感じで結人は項垂れた。
もう三月半ばとはいえ、今まで誰も居なかった部屋は寒く感じる。電気を付け、少しだけと思ってエアコンの電源を入れれば結人は「あーもう!」と悪態付きながらソファーにどかっと身を沈めた。自分と結人の分の缶ビールを冷蔵庫から出してテーブルに置き、「泊まってくんだろ?」と聞けば「おお」の返事。


「こないださー、Fテレの番組の打ち上げ行ったじゃーん」
「ああ…酔っ払って散々暴れまくったやつな。お前が」
「もーそれ言うなって…そこでさ、俺、半分以上覚えてねんだけどー、女子アナの子に一人番号教えてたみたいなんだわ」
「はあ?馬鹿だなお前…」

数週間前、収録されたあるスポーツバラエティに出演した俺と結人とあと何人かの代表チームメイトと番組司会者含めアナウンサー、スタッフ陣と行われた打ち上げに参加した。そこで結人は飲みすぎて馬鹿みたいに騒いでいたのが思い出される。


「それが、今日!掛かってきたわけ!」
「…あの車でこっち居るってことは、あいつと一緒に居たんだろ?」
「もーなんで今日なんだよ!しかもヤってる真っ最中!俺、不完全燃焼!」
「いや、そんな情報いらねえから」

つーか電話出なきゃいいだろ と、呆れて最もなことを言えば「大事な仕事の電話だったらどうするの?って言われたら出るしかない」の返事。まあそれはそうかもしれないけど。


「若菜さんこないだは楽しかったですー、ありがとうございました」
「は?」
「女子アナのよーーっくとおる声で、まあ…」
「ご愁傷様」

で、どうして欲しいわけ? なんて、答えは聞かなくてももうわかってるけど。「頼む、あいつに、電話して、何でもないって、言ってくれ」ほら、やっぱりな。「…はあ、めんどくせ」そう言いながら、すぐ横に投げ捨てたジャケットのポケットに手を伸ばして携帯を取り出す。折り畳みを開けば、新着メール一件 の表示。そのままメールを開けば、つい先ほどまで一緒に居た 彼女からの。


「…かぁずま」
「あー、ちょっと待てって、」

「顔、緩んでんぞ」

言われて、結人を見ればにやけ顔。「前に言ってた子?」「…まあ」と濁す。こういう勘は、俺の親友二人とも鋭い。
『わたしには勿体ないくらいです、大切に使わせていただきます』と一文、バレンタインのお返しのお礼のメールだった。彼女らしいメールだと思う。それと少しの安堵感。今日の別れ際、いつもの様に彼女のマンションの前に車を付けて、いつもの様に別れられなかった。どうしてか、まだ帰したくないという思いと、それをどうしたらいいかわからない感情と。


「ナニ、お前結構マジなの?」
「別に…そんなんじゃねえよ」

そうだ。別に、そんなんじゃない。
なにより彼女の方が、そういう事を敬遠している節がある。どうして、わたしなんですか。あの日そう言った彼女は、これから先の何かを期待しているようには到底思えなかった。いつもどこか、一線を引いて今以上に踏み込まないようにしている様にさえ思う。

どうしても、彼女にとっても自分にとっても納得のいく答えをあの日に用意出来なかった。でも確かに、恋人になって欲しいと思っているわけでもなかったし、そういう感情を 彼女に抱いているというには全然なにか、足りない気がしていた。ともだちになって欲しいだなんて、そんな小学生でもあるまいし。


「はあ、俺 だっせえ…」
「わはは、お前にかっこいいときなんてあったか?」

「うっせえよ」

大晦日のことを思い出して、また羞恥が込み上げてくる。藤代に、あんな高級な店の情報まで貰っておいて、みっともない。
けどそんな俺の答えに驚いて、でも安心したように、嬉しそうに。そんな風に微笑って応えてくれた彼女に、惹かれているのはきっと事実で。これからどうこうなりたいというよりも、このまま穏やかであればいい と、ただ、そう思えることが嬉しかった。






 - PREV - TITLE - NEXT -
初めての真田さん視点!

20100514  秋夢うい

( 穏やかなエゴイズム )