この時はどうしても、ほんのちいさなちいさな変化に 気付くことが出来ないでいたんだ。









毎年、この時期にやってくる。もう三日ほど連続して降り続ける雨に、窓の外を見ても、目を瞑ってその音を
聞いてみても、嫌になってきた。じとじとと、雨の日特有の湿った空気とにおいに、自然とため息が出た。
ずっと、楽しみにしていたことがあっただけに、余計にこの雨が嫌でしょうがない。


「今日 試合、だったのに」

あたしは机に両肘をついて、両手の平にの上にあごをのせて恨めしく、窓の外を睨みつけて言った。なんでこんな日に雨降るかなーっ、と窓の外に向かって小さく叫んでみた。そうしたら一馬が少し笑って、


「しょうがないだろ、梅雨なんだから」
「学校 サボって見に行こうと思ってたのに」

「…、っつか学校休みたかっただけじゃねぇの…?」

ちゅー とおいしそうにリンゴジュースを飲む一馬を少し睨み付ける。すると一馬は「なんだよ?」とちょっと弱気な表情になって。


「一馬はサッカー出来なくて平気?」
「そんなの俺だって試合 したかったに決まってるだろ」

「あたしだって一馬の勇姿、見たかったもん」

言ってあたしは、ちょっとすごい事を言ったんじゃないかと気付いて少し恥かしくなる。あー残念残念ガッコサボれなくて と、誤魔化すように少しおちゃらけて言ってみせて一馬の表情を伺ってみたりして…、



「ちょっとごめんなさい、お二人さん?」

だらだらと、けれど恥かしい会話を続けるあたしと一馬に 優希が「わたしも居るの、忘れてない?」と、綺麗な顔をにっこりとさせて言ってきた。


「優希ー、今日も美人ね」
「ハイありがとう。も充分可愛いわよ。…ね、真田くん?」

優希お得意の意味深笑顔が出て、「もうっ一馬にまでそーゆー事言うのやめてよ!」と、思うが口までに出しては言わない。ちょっと一馬の反応が見てみたかったり。


「…かぁずま。ジュース こぼれてる」

それはもう本当に、真っ赤な顔をして 紙パックのリンゴジュースを握りつぶしている。


「う…わっっ!?」
「気づくの遅…」

そんな一馬を、あたしと優希は『う−ん、可愛い』とか思って目を合わせて同じ事を思っているであろう事を悟る。


「俺っ、手 洗ってくる!」
「うん、行っといで。ココ、片付けといてあげるから」

「っごめん、

りんごみたいになりながら走って教室を出て行く一馬を見届ける。今この場から逃げ出す口実が出来てほっとしてるんじゃないだろうかと 考えて、笑えてくる。


「たまんないわね?」
「でしょ?普段はこんなんなクセに、これがサッカーとなるとすごいのよね」

「それでもまだ スキじゃないの?」

むー、しつこい… と、少しむくれて言う。久しぶりにこの話題が出た と、率直にそう思った。一馬がこぼしたジュースの後始末をしながら、優希の方を見ると目が合って。


「なに?」
「なんにも?」

「……何か」
「ん?」

言おうかどうか、迷う。この気持ちが一体なんのか、気付いていないわけじゃない。けれど、


「気には、なってる…んだよね」
「真田くん?」

本当は言わなくったって、きっと優希には理解ってるんだろうけど。それをわかってて言っているのに「真田くん?」なぁんて確認してくる辺り、やっぱり彼女はイジワルだ。


「どんな風に?」
「……」

…どんな風?言われて考えてみてすごく難しい質問だと思った。

?」
「サッカーしてる一馬ってね、すごくかっこいいの」
「…そう」

「さっきみたいにちょっとからかうだけですぐ紅くなったりするの可愛い って思うし、毎朝迎えに来る一馬を待ってるのが嬉しい自分がいたり…。学校来ると、気が付くと目が一馬を探してるの。それでね?…夜、やっぱり気がつくと一馬からメールが来るの楽しみに待ってるあたしがいて…ね…?」

それだけ声に出して言ってみて、自分で「あれ…?」と、思う。思う、けど。


「…それでも好きじゃない?」
「…じゃない」

「意地っ張り」

優希が理解ったように言った。本当に、気にはなっている。でも、これはただの恋人のふり。そのうえで毎日一緒にいて。恋人ごっこを楽しんでいる そんなところもやっぱりあるから。

「最終的に、選択肢は一つじゃないのよ?」
「……、」

「まぁ それも…、」

優希が教室の入り口に目をやって、優しくわらった。手を洗い終えた一馬がこちらに向かってくるのが見えた。

「真田くん次第 でしょ」




「ごめん、手 洗ってきた」
「うん、おかえり」

「ねぇ、そういえば今日で一ヶ月ね?」

え?と、あたしと一馬 二人の声が揃った。優希が何のことを言っているのかまったく判らなくて、


「忘れたの?今日で『付き合って』一ヶ月 でしょ?」
「あ、そっか!」

「あぁ…そーいえば…」

そーだっけ?と、教室に掛けられているカレンダーを見て気付く。そうか、もうそんなに経つんだ と、早いなぁと思って、でも。


────もう、期限の三分の一 終ったんだ と。


「どーするの?今日の予定は?」
「…記念日 か、一応」

「それってなんかあんの?」
「まぁ、大体のカップルは月の記念日でお祝い と言うか、記念日デートとかしてるかしら」

「ふーん…そーゆーもん?」

一馬があたしの方を見る。意見を求めているようで、

「そだね」
「じゃあ…どっか行くか?」

「外、雨だよ?」
「あー…」

一馬が気をつかって言ってくれたものの、あたしはたっぷりと降る窓の外を見て恨めしく 言う。一馬もそれを思い出して(というか、雨のおかげで一馬はオフなわけだけど)うなだれていた。

一馬はやさしいんだ。本当はただの恋人ごっこなだけなのに、ふりしてるだけなのに。記念日だと言ってもそれも…ニセモノ なのに、

なんだか胸が締め付けられるようだった。素直にうれしい気持ちと、同時に戸惑い。これ以上お互いがお互いの気持ちに踏み込まない方がいいんじゃないか と、理性は警鐘を鳴らしてるのに────。


「真田くんち、行けば?」

突然、優希がそう 言う。驚くあたしと一馬に、「雨だし」ととぼけた感じで目の前の美人な友人はその綺麗な指を窓の方を指して。


「うん、それいいかもー」
「俺…んち?」

一馬んち、行きたいなぁ と、おねだりするような仕草で言ったら一馬はまた顔を紅くしていた。
や、でも… と、一馬は少し躊躇っているようだった。


「大丈夫、一馬!」
「は、な、何が…?」

「イキナリあたしを食べてください!なんてベタな展開にはならないから、」

だから安心して!と、力強く言ったら優希が大爆笑していた。

「ん、なっなに 言って…!?」
「それに…、最初に決め事…したでしょ?」

耳まで真っ赤な顔で、金魚のように口をパクパクさせている一馬に、あたしは少し視線を落として。あたしも一馬も、絶対に忘れちゃいけないんだ。あたし達の関係はただ、三ヶ月の間だけの付き合っているふり。


『期限は今日から丁度三ヶ月』
『カップルで過ごすイベント事等は、それなりにキチンとする』
『どちらかに好きな人が出来たら、期限が来てなくても別れる』


「…わかってるよ」


「あ、そうだ。昼休み先生に呼ばれてるの忘れてた」

朝、担任にそう言われていたのを思い出したあたしは、ちょっと行って来るね と告げて、教室を小走りで出て行く。
あたしのその後ろ姿を目で追っていたらしい一馬に、


「ねぇ、真田くん」
「なに」

「ちょっと聞いていい?」

その時の笑みを見た一馬は、直感で判ったらしい。「ろくな事言わない」とそう 思ったことを後になって聞いた。


気付き始めた、まだまだ小さいキモチと。それが判ってどこか幸せな、そんな キモチと。まったく気付いていない、そのキモチが。


────事件を起こす放課後まで、あと 少し。




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やっとすこーし、動き始めた感じですね。

20070206(20030921初版)   秋夢うい