ねぇあたしたち、三ヶ月 だけの恋人のふりを しているだけなんだよ。










なんでだろう。あたしの唇から、一馬の体温が 伝わってくる。触れている。押し付けられている。一馬の唇が、

────熱い。


「っ!!!」

一馬を思い切り突き飛ばして、あたしは部屋を飛び出した。遠く後ろから、あたしを呼ぶ一馬の声が聞こえてきて。


────何で!?どうして!?


「っんで…っ」

足を止めて、あたしは恐る恐る後ろを振り返って。…一馬は追って来ていない。息が乱れる、足が、すごく震えてる。そっと、震える指で自分の唇をなぞってみた。


────キス された…?


さん?」

唐突に名前を呼ばれて、あたしは身体が少し震えて、呼ばれた方へと振り向く。そこに居たのは。


「…英士…、くん?」

初めて一馬の試合を観に行ったときに紹介された、一馬の友達の英士くんだ。「ああ良かった、合ってた」と、英士くんは笑ってあたしの方へと近づいて来た。


「おーい、俺もいるぞー」
「あ…結人くん…」

ずっけーぞ!英士!と言いながら、たたまれた傘をぶんぶん回しながら結人くんも近づいて来て。

「何かあったの?」
「え…?」

「泣きそうな顔、してるよ」

英士くんに言われて、あたしは初めて気が付いた。あたし、泣きそうな顔してる…?


「一馬は?」
「…っ!」

ぎくり と自分でも身体が反応するのが判る。結人くんが、辺りを見まわして「一緒じゃねぇの?」と。不思議そうに言った。英士くんと目が 合う。じっと、あたしの方を見据えている。

英士くんは優希と同じタイプだ と、あたしはなんとなくそう感じた。


「っごめん、あたし急いでるから…っまたね」

話して欲しい というような顔をしている英士くんと、じゃあねーちゃん、と言う結人くんを残してあたしは逃げるようにして走って その場を離れた。

まだ頭が、混乱してる。どうして一馬があたしにキスなんかするの?夢なんかじゃない、だって まだ…一馬の感触が残ってる。


「…っ、」

次から次へと涙が溢れてきた。この気持ちはなんだろう。
あたしは一馬の事が好きなの?一馬はあたしの事が好きなの?今のあたしには────

どっちの答えも判らないよ…、一馬。





雨が止んでいた事にも気付かなかった。そう思って、さすがにこのまま帰るのは駄目だよなぁと、思った。荷物も全部、一馬の部屋に置きっ放しだ。

「行かなきゃ…、」

一人で考えていても、埒があかない。ちゃんと一馬と話をして、どうしてあんなことをしたのか聞いて。そうしたら、何か変わるかもしれない。そしたらあたしのこの良く判らない気持ちも、一馬の気持ちも。全部、判るかもしれない。

一馬の家への道のりは、とても一歩一歩が重たく感じた。────怖い。心臓が、バクバクと言っている。
一度大きく深呼吸をして、震える指で呼び鈴を鳴らそうと、


「一馬。擬似恋愛 って判る?」

びくと、あたしは手が止まった。これは、

(英士くん…?)


「擬似…恋愛?」

次いで一馬の声が聞こえた。これだけはっきりと声が聞こえるということは、この扉一枚を挟んだ向こうで話をしているのだろう。


「擬似っていうのは…、簡単に言えば『本物とよく似ていて、区別がつきにくい』って事なんだけど」
「一馬はちゃんのこと好きだけど、好きと勘違いしてるってこと?」

それって錯覚してるってことじゃねぇの?と、今度は結人くんの声だ。

「錯覚…?でも俺の事…」
「好きなの?」

動揺している一馬に、英士くんはするどく言葉をぶつけていっているようだった。


「そうじゃないよね。少なくとも今 は」
「俺…わかんねぇよ…」

「なんだよ一馬、自分の事だろ〜?」

「俺…好きじゃない…?」



────俺は好きじゃない。



じゃあどうして?



「一馬。擬似恋愛 って判る?」

「それって錯覚してるってことじゃねぇの?」


「俺…好きじゃない…?」


じゃあどうして一馬は、あたしにキスなんてしたの。


「最終的に、選択肢は一つじゃないのよ?」


みんなの言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
あたしが感じた嬉しさや、気恥ずかしさの中にある喜びや…あの感覚も 全部、


────錯覚だっていうの…?


あたしの足はまた一馬の家から遠のいていて、まるであたしの心を表すかのように また静かに雨が降り出していた。



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リメイクに取り掛かって何年かかってるんでしょうね。直すのってほんと大変…

20070207(20030922初版)   秋夢うい