ずっと信じてたものが壊されたとき。人はどうして、臆病になるんだろう。
あの時のあたしは 今よりもっともっと子供だったけど。けど、それなりに。

本当の恋を、していたはずだった。










夕方も7時前。この時間になっても、最近はまだうっすらと明るい空が残るようになって来ていた。あの後すぐ一馬の家を出て、着替える為に一度家に帰ったあたしは、今 神社の入り口にいる。辺りは沢山の出店が並んでいて、沢山のひとでごった返していた。
一馬ははじめ、家まで迎えにいく と言ってくれたけれど、あたしはそれを簡単に断った。

判ってる。判ってるけど、理解ろうとするのが 怖い。泣きそうになるくらいの優しさと、あたたかさの中で。
甘えてしまう自分が、心を寄せてしまう自分が。傷つかないように、壊れてしまわないように。

悲しくて、哀しくて、虚しくて。

自分から壁を作って、線を引いて。拒絶して。そのくせ自分から寄って、────甘えてる。


カラコロと、夏 お祭 特有の音を足元で鳴らして、小幅で歩く女の子達が幾人も前を通り過ぎるのをあたしは無意識にみつめた。
そろそろ来るかな、ちょっと早く来過ぎたかな なんて考えつつ、一馬が来るほうを見ていた。


?」

ふいに、後ろから名前を呼ばれて あれ違う道から来たんだ とあたしは何の疑問も持たずにそう思って、自然と顔がほころんだ。「なんだ、向こうからくると思ってたよ、」と、声を掛けようと喉のなかに言葉を用意していたのに。

自分の手が震えてる事に すぐに気がついた、ぎゅ と拳を握り締めた手が 冷たい。
一馬のために、一馬だと思っての笑顔が、自分でも凍りつくのが判った。心拍数はどんどんと上がる。逃げ出したいけれど、足も凍りついて動いてくれない。

「久しぶり、ちょい大人っぽくなった?」
「っせんぱい…」

奥歯をぐ とかみ締めて。顎がじん とした。そう言うのが、精一杯だった。



***



「ヤバい、遅刻…っ」

腕にはめた時計にチラチラ目をやりながら、必死に走ってとの待ち合わせ場所に急ぐ。このままのスピードで頑張って走れば丁度、約束の時刻に間に合うと思って 息があがる。ついうっかりうたたねしてしまった自分を恨みつつ、頭のなかはでいっぱいだった。


「たまには待ち合わせってのも良くない?7時に入り口ね」


そう言われたことを思い出して、軽く自分自身を拒否されたような感覚に陥った。気持ち足取りが遅くなる。
何でこんな事になってんだ とか。何でこんな泣きそうになるんだ とか。

かなしいんだ。

こんなに近くて、触れ合うことが禁忌のような。そうだ。心が、心が触れ合うこと自体が禁忌のようなこの関係が。

自分の所為で、壁を作られて、線を引かれて。その中で互いにもがき苦しんでるような気が、ずっとしてて。
思いきってそれを壊そうと、その殻を破ろうとする度、また新しい壁を作られて、線を引かれて。

拒絶するくせに、けど期待させるような仕草や態度が。俺を惑わせているだけのようにしか思えなくて。
思えなくて、でも。


賑やかな声が大きくなって来た。ふと気が付くと、道行く人が皆同じ所に向っていた。
神社の周辺に位置する、ちょっとした商店街と その横の広い公園を使った、ほんの少しばかり中規模な、毎年恒例の神社通りの祭(そういや昔はよく英士と結人と来たっけな)。

時間に遅れて、俺は少し焦りながら辺りを必死に見回して の姿を探す。

「!」

本当に入り口の入り口。沢山の人が通り過ぎる中で、ぽつんと、ピンク色の可愛い浴衣を身に纏ったを発見して、急いで駆け寄る。ああ、かわいいな なんて思いながら。

、ごめん!遅れ…て、」

名前を呼んで、謝罪の言葉を交えてみて 何かおかしいとすぐに気が付いた、言葉が中途半端になる。

…?」

もう一度名前を呼んだ。けどは俯いて、こちらに気付いていない様子だった。「…?」三度名前を呼んで、何だか判らない不安に駆られて、俺は彼女に手を伸ばす。肩口にようやく手が触れそうになったとき、の体がビク と反応して反射的にか 俺の方へと顔をあげた。


「ぁ…」
「かず…ま?」

なんて、表現したらいいのかわからない。そんな、かおをはしていて。今にも泣き出してしまいそうで、弱々しくて。
けどそれよりも、何かに怯えてる って言った方がしっくりくるかも、なんて。


「どうかしたのか?」
「え…あ、ううん。ちょっとボーっとしてて、」

へへ、ごめんね と言って、いつもの様な笑顔に戻る。

「ほんとか?」
「うん。一馬もなかなか来ないし、場所間違えたかなーって思ってた」
「そ…か?ごめんな、遅くなって」
「ホントに!こんな可愛い女の子一人にして〜」

「自分で言うなよ自分で」

いたずらっぽく笑って言うに、何だかすごくほっとして、俺は苦笑して返事する。

「んじゃ行くか」
「うん!」





「一馬、次あれ食べたい」

通りを半分ほど歩いた頃には、はすっかりいつもの調子に戻っていた。楽しそうに、あっちこっちの出店に目移りしていて、そんな様子を見て嬉しくなって、俺自身も祭等の特有の昂揚感があった。


「っきゃ」
「おい、気をつけろよ」

ふいに、余所見していたが、他の客とぶつかって軽くよろけた。吐き捨てるように悪態をついて行った相手客を、俺は軽く睨みつけて の方に目を戻す。

「大丈夫か?」
「ん、ごめん。浴衣着てくるんじゃなかったな、」

「何で。いいよ 浴衣、」

可愛いし と、俺はサラっとらしくない発言をしてしまって、少し顔を赤くして、じとりと俺を見るを見ても 全然気が付けなかった。(後からに聞いて気が付いたんだ)

「一馬ってたまにすごいよね…」
「は?」
「何でもない何でもない!ごめんね足止めて、行こっか!」

「あ、ちょっと待って」
「なに?」

「…、ん」

どうしようか、俺は迷った。けど、さっきみたいなことがあると危ない とか、これくらいなら…大丈夫だろう とか、俺の中でしっかりと言い訳は作っておいて、

「え…?」
「ヤかもしんないけど…危ないし、今は一応…彼氏 だからな」

言って、俺はに手を差し出した。本当に驚いた表情をして、少し 困った風だった。けど、このとき俺は 差し出した手を今更引っ込められなかったし 引っ込めたくもなかった。





「今は一応…彼氏 だからな」


言われて ズキン と胸が痛んだ。咄嗟のことに驚いて 困った顔しか出来なかった。それでも一馬は変わらず手を差し伸べてくれていて…、きっと自分でも気付いてないんだろうけど すごく、切ないかおをしていた。
あたしも断れなくて、ううん 断りたくなくて 差し出された手に、指先からゆっくり触れてビリ とからだに電流が流れた気がした。


「え!?」
「ん?普通のカップルはこんな風に手、繋ぐんだよ」

一馬、純情!と、恥かしい気持ちを隠すように、からかって 一馬の指をぎゅうと 絡めた。

「悪かったな…っ」

更に顔を赤くして、そう言って来て、でも一馬もぎゅうと力を込められた。

ああ、泣きそうだよ一馬。すごく、胸が締め付けられるの 一馬の優しさが、あたたかさが。全部。
全部、繋がれた手から伝わってくるような 気 が し て 。


────ねぇ、気持ちが 痛いよ。


「あれー、また会ったなー」

声が、出てくれなかった。




俺の手を握る の力が急に強くなった。その手が、震えている事に 気付かないわけがなくて。
なんで震えているのか とか、思うよりも何故か不安の方が先に来た。

「あ… キミ、もしかしての彼氏?」
「そう、だけど…」

いきなり横から声をかけて来た、少し年上の…高校生位の男にニヤニヤとした顔で言われて、俺はとして無愛想に返事を返す。相変わらずの手は震えていて、


「何だ、新しい彼氏出来たんだ。まぁお前昔っからよくモテてたしな!」
「っせんぱ…ぃ」

「いやー、俺ダチとはぐれてさーあ」

震える声で、「先輩」と呼んだのを、かろうじて聞き取る事が出来た。のそれに気付かず、「先輩」とやらはに笑顔で話し続けた。「」と、名前で呼ぶほどの親密さがこいつとをどう結んでいるのかわからなくて、


「おい、あんたの何…」
「おいタケ!!」

「おー!」


あれが俺のツレ と、「先輩」は指をさした。その先の数人の高校生位の男がこちらに寄って来て、おかげで俺の質問は遮られてしまった。
しばらくそいつらは、こっちの存在を忘れているようで俺は質問できずにイライラしていた。その中の一人がこちらを見て、何かに気付いたような。
そんな 表情をして、の方をじっと見て、

このとき俺は、出来ればこんな形で知りたくなかった と、本気で悔やんだ。触れられたくないの傷を、まったくの他人にこじ開けられ、そして見せつけられた。このとき俺が、もっと強かったら。…なんて、何度同じ後悔をすれば、もう二度と繰り返さなくて済むんだ。



「あれ、この子お前の元カノじゃん?」

なぁタケ と、を指差して「先輩」を見ていた。の身体がビク と反応したのを、繋がれた手から直に感じとって、手を離そうとしたの手を、さらに力を込めて離さない。
それは驚いて、俺の方を見てるんだろうけど 俺は「先輩」から目を離せずにいた。


「馬鹿、隣に居るのが見えねぇのかよ、」

ちょっとは気ぃ使えよ と、「先輩」はを指差したやつをたしなめていた。俺は、なんだかそれにすらカチンと来て の手を握る自分の手が震えて行くのがわかった。

「悪かったな、。彼氏クンもじゃあなー」

そう言って、友人達を引き連れて嵐のように去って行った「先輩」。沢山の人が流れていくなか、俺とはそのまま動けないでいて、


「あれ、この子お前の元カノじゃん」


確かに、そう言っていた。ぐるぐると、その言葉が頭を回る。


「っ一馬!?」

カァ と、頭に血が昇った。俺は無言のままの手を引いて、どんどん歩く。浴衣で、下駄を履いているにとって、俺のその歩くスピードは辛いことに 頭が回らなかった。
何度かつまづきそうになって、小さく声を上げても、「一馬、全然止まってくれなくて」そう 後から言われる言葉だ。
しばらく歩いて、ようやく俺の頭も冷めてきたころ ついたところは神社の境内。にぎやかに屋台や出店が並ぶ商店街とは違って、真っ暗で気味が悪い。
はすごく息があがっていて、一瞬悪いことしたかな と思う。そうしてやっと、俺はの手を離して正面に 向き合った。


「一馬…」
「さっき言ってた事、」

本当かよ と、暗くてはっきりと の表情は見えない。何の事か、なんて 聞き返されなくったってわかることだ。は黙って、小さく頷いて そのまま俯いた。


「待ち合わせたとき、何か様子変だったのも、」

先にアイツと会ってたからか…? と、声が震えた。


────また会ったな、


あの、「先輩」とやらの言葉を聞き逃してなかったらすぐにわかることだった。


「……っ」
「…んで、」

声がかすれて上手く出なかった。そうしたらちょうど、雲が晴れてきたのか 月が顔を出して一瞬世界が明るくなる。が顔を上げて 俺を、


「なんで、嘘 ついてたんだよ」


折角見えた の顔は今にも泣きそうで。辛くて、苦しくて、かなしくて。どうして俺は、こんな表情ばっかりしかさせられねぇんだろう。しかも「なんで、」なんて、

なぁ 何が言いたいんだ、俺は。


「うん、でも大丈夫だよ。あたしも…付き合った事 無いし」


そう、一番最初に あの 喫茶店で。


「そう、言ってただろ」
「一馬…ごめ、あたし…」

なんでお前は謝るんだよ。どうして俺は、謝られてんだよ。なぁ。


────自惚れんな。


「…そうだよな、俺ら、本当に付き合ってるわけじゃねぇし」
「一馬…?」

だってそうだろ、期限付きの、偽者で。


「一馬の最高の彼女を演じきってみせる」


泣きそうになるくらい、強くて 弱い。好きじゃない、好きにならない、ただの錯覚だ って。


「俺はお前の彼氏じゃねぇし、こうして一緒に居るのも後1ヶ月だけだもんな」
「…っ」

もう、泣き出してしまいそうな。わかってるのに、でも俺の言葉は止まらなかった。止まれなかった。
わかってるのに、

こんなかおを、させたいわけじゃ、ないって。


何もかもが全部、もどかしい。自分が、自分の愚かさが。何もしてやれない。どうする事も出来ない。
踏み込む事も、問いただす事も、責める事も自分には出来ないのに。───そんな資格は無くて、

もどかしくて、もどかしくてもどかしくて 切なくて。


「…ッ」
「っかずま!?」

俺はぎゅうと、目を瞑って そのままの肩に顔を埋めた。咄嗟に、ビク となって逃げるの腰を、両手で軽く、本当に軽く 俺は抱きしめた。が、とうとう泣き出してしまったのをなんとなく感じた。


「ごめん、少しだけ…少しだけだから」

頼むよ。少ししたら、ちゃんと覚悟 決めるから。何も言ってくれなくていいから。もう、何も望んだりしねぇから。
だから、

今だけ。ほんの今だけ、甘えさせてくれよ。ほんの少しだけ、夢を見させてくれよ。



────お前が俺の隣でわらってる、ゆめを。




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なんかちょっと楽しくなってきた(今頃) そして自分はトランス状態になれば出来る子なんだって気付いた(ぇ)

20070321(20041029初版)   秋夢うい