どうかこの手が離れても、あたしから離れて行かないで。
そんな矛盾したことしか、祈れないよ。










「…ごめんな、」

そう言って、振り向きもせずに走って行ってしまった一馬。離された手に、まだ一馬の温もりが残っていた。
握られていた手を見ると、とても小さく震えていた。
ぎゅ と拳を握ると、その上に冷たい水が落ちてきて手の温もりが消えていく。

それは自分の涙だってすぐに判ったけど。あたしには泣く権利なんか、無いんだ。


***


「帰ろう」

翌日、昨日あんな事があって集中出来るはずなんかなく、数学のテストは散々だった。(言い訳じゃないもん!)
いつも通り、一緒に帰ろう と一馬が声をかけてきてくれた。あたしは一言、「ウン」としか言えず、一馬も言葉少なだった。


「テスト、やっと終った な」
「ん、」
「数学、出来た?」
「一馬が、教えてくれたから」

「…そか」

良かった、そう言う一馬。ごめん、それ嘘だよ。こんな嘘は、なんてことないのにね。

「一馬、は」
「まぁ…うん」

「…そっか」

ぎこちない 会話。確実に出来てしまった、なんだろう あたしたちの間に出来たミゾのようなもの。キスした時よりも もっともっと、しんどくて。
あたし達を繋ぐ僅かな絆の糸が、だんだん細くなっていくのがわかる。

必死に言葉を繋げようとするけれど、それが余計に自分たちを追い詰めているんだって、判っているみたいだったけどでも、一馬は必死だった。
一馬なりの責任を感じていたのかも、しれない。


「俺、今日練習 あるから」
「そうなの?」
「次の休み、試合 する」

「…見に、行くね」

少し戸惑った けどちゃんと笑って言えた と思う。一馬も小さく「うん」と返事をくれて 少し、笑った。
いっそこのまま、泣いてしまいたいと思った。泣いて、喚いて。一馬のことがすきなんだ って。

言ってしまえば、どれだけ楽になれるか 計り知れない。そんな事、言えないのだけはわかってる。1番最初に逃げたあたしが、これ以上一馬を傷つけるなんて。想いを伝えてもいいだなんて。

そんなこと 許されるはずがないんだよ。それなのに、


「じゃあ、また明日 朝 迎えに来るから」
「……」

?」

ちゃんといつものように、家の前まで送ってくれるんだ。いつものように、

「うん、練習 頑張ってね」
「…さんきゅ」

そう言って、いつものように照れて顔を赤くするんだ。

「帰ったらまた、メール入れるな?」

そして最後にいう言葉も全部、いつもどおり。
ねぇ、どうして?

どうしてなの一馬?どうして…、

「…うん、待ってるね」

ねえ一馬、どうして優しくなんかするの?どうして突き放してくれないの?


「じゃ、行って来る」
「行ってらっしゃい」


ねえ一馬。こんな嘘なんてことないよ。
いつも通りにすることなんかじゃなくて。笑顔をつくることなんかじゃ なくて。

いちばん辛いのは、自分の気持ちに嘘をつくことだから。

本格的な、夏が 来る。逃げ道はもう、残されてなんかいない。先に進める道なんて ない。
あたし達は、あと。


離れて行くだけ、なんだ。


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一緒にいることよりも、その中で自分の気持ちに嘘をついて「一緒に居る」ことが辛い。
そんなお話?(え、疑問系?)

20070325(20041111初版)   秋夢うい